第18話 修行

シグルドとの楽しい朝食を終えると、リリアはカタリナの待つ広間へ向かった。               

                                            

「カタリナ様、失礼します」                              

                                            

ドアをノックすると、中から声がする。                        

                                           

「お入りください」                                

                                          

その声にこたえてそうっと部屋に入ると、早速カタリナからピシャリと指摘を受けた。                                     

                                         

「リリア様、あなた様は妃、私の名を呼ぶのに”様”とつけることはいただけませんわ。あなた様は人の上にたつお方。そのことをお忘れなきように」              

                                           

「わかりました。カタリナ。本日より、妃修行をよろしくお願いします」        

                                           

「お願いしますではなく、”よろしく”だけで。これは教えがいのあるようですわね」  

                                               

カタリナはリリアの控えめな性格を見抜き、上に立つものたるもの言葉遣いにも気をつけるようにと指摘してくれた。                           

                                          

勉学についてはリーンデルト家にいた頃より厳しく教育を受けていたため、カタリナからは妃としての所作や言葉遣いを教わることとなった。             

                                           

「侯爵家にて育ったお方ですから、基本は身についてらっしゃるようですわね。ですが妃となれば他の貴族たちの見本となるべくさらに優雅に振る舞う必要があります。それをこれからお教えいたしますわ」                        

                                           

カタリナは優雅な見た目とは裏腹にかなりのスパルタ教師だった。少しでも失敗するとピシャリと注意をされ、紅茶を飲む時のカップの持ち方やお茶の飲み込み方、歩く時の目線、歩調や手の角度まで細かく指導された。                 

                                            

たった3時間の授業が一日に思えるほど密に知識を教え込まれ、リリアはクタクタになってしまった。                                  

                                          

そんなリリアを見てカタリナは、                         

                                           

「リリア様がお疲れのようですし、昼食の時間ですから食事にしましょう。誰か。ここに昼食を用意してくださるかしら」                          

                                           

そう言うとリリアを椅子に座るよう促して、カタリナも隣に座った。           

                                        

(カタリナは今回のことどう思っているのかしら、聞いたら失礼になるかしら。でも知りたい)                                      

                                           

リリアが悶々と考えていると、カタリナがふっと微笑んでいった。            

                                           

「リリア様はわたくしとシグルド様の婚約の解消と今回の妃修行のこと、わたくしがどう思っているかお聞きになりたいのでは?」                  

                                        

考えていたことを言い当てられてリリアは押し黙った。                  

                                           

「これはリリア様にだけ話す秘密のお話でしてよ。わたくし、実は前々からリリア様のことを知っていたのですわ。貴方様は舞踏会に参加されても誰とも会話せず、ただ座っているだけなのに神々しくて皆近づけなかったのです。もちろんわたくしも。そんな貴方様が本当はどんなお方なのか知りたかったので、今回のお話を引き受けましたの」                                      

                                          

カタリナが小声で話して聞かせてくれた内容に驚いた。                    

                                      

リリアは舞踏会にいくら参加しても誰からも相手にされなくて、毎回肩を落として帰路についていたのに、皆からはそう思われていたことに驚いたのだ。            

                                           

「舞踏会はいつも緊張して誰ともお話しできなかったのですけど、皆様そんなことを思ってらしたのね。私から話かけていればよかったわ」                  

                                             

貴族の子息、令嬢は通常、舞踏会で友交を広める。                      

リリアはそれが苦手で、アルルやアルベルトにいつも慰めてもらっていたのだ。       

                                            

「リリア様はご自身のことをもっと認識されるべきですわね。謙虚なことは美徳ではありますが、それが過ぎると自虐になる。それをお忘れなきように」            

                                             

カタリナはそう言うとうっとりするほど美しい所作で扇子をあおぐ。             

                                           

「リリア様、誰かを観察する時に相手を凝視し過ぎるのは無作法ですわよ。相手を探るには気配の察知、時折周囲を見るふりをして目線を動かしてその一瞬で相手の所作を確認する。直視はいただけませんわ」                                 

                                          

カタリナはこちらを見ていないのに、リリアの視線に気付き、指摘してきた。       

                                             

「カタリナはすごいわ。こちらをご覧になっていないのに、私の動きをよまれるなんて・・・」                                

                                           

リリアは心から驚いてそ言うと、カタリナはなんでもない風に、             

                                           

「幼い頃より教え込まれましたもの。これくらい出来ないようでしたら、妃としてうまくやっていくのは難しくてよ」                          

                                          

ふっとその表情に影がさした。でもすぐにいつもの優雅な表情に戻るとリリアにつげる。                                      

                                           

「わたくし、リリア様を応援しておりますの。リリア様はKという作家をご存知?」                                        

                                          

カタリナから以外な名前が出てきてリリアは驚いた。優雅なカタリナはロマンス小説などに興味がないと思っていたからだ。                        

                                         

「ええ、知っているわ。私もファンの一人。発刊されているものは全て持っているし読み込んでいるの」                                

                                           

カタリナはそれを聞くと常に優雅な表情を崩さない彼女にしては珍しく、嬉しそうな表情をして                                  

                                         

「リリア様にも読んでいただいていたのね。嬉しいわ。わたくしがKでしてよ」


一瞬頭が混乱した。カタリナが世の女性たちを魅了してやまないKの正体だったなんて、驚きで声を失った。                               

                                           

「先ほどの質問、まだ答えていなかった方の答えがこれですわ。わたくしは幼少から物語を書くことが好きでしたの。それこそ女流作家になるのが夢でもあったのですわ。ですが侯爵令嬢として生まれたからには家のためにいずれは婚姻して子をもうけねばならない。両立などとても難しいことは想像に難くない。ですからわたくしはシグルド様と婚約をする際に全てを打ち明けましたの。本当は女流作家になりたいということを。そうしたらシグルド様も別に想う相手がいらっしゃるというではありませんか。お互い、やりたいことがある。そのために婚約することで新しく相手を見つける必要がないからお互いやるべきことができる。だから婚約した。そんな間柄でしたので、婚約解消しても何も問題ございませんでしたのよ」        

                                           

カタリナは優雅に扇子をはためかせながら告げた。                      

                                             

「カタリナがK!素敵!あんな素晴らしい物語を紡げるなんて、どうやったらあのような物語が浮かぶの?」                             

                                         

リリアはカタリナに詰め寄って尋ねる。


「リリア様、興奮することと、人に詰め寄ることは子供のすることでしてよ。質問にはお答えいたしますからまずは所作をきちんとなさってください」           

                                         

またしてもカタリナに指摘され、リリアは慌てて背筋を伸ばして座り直した。それを見たカタリナは微笑んで言う。                         

                                          

「そう、背筋を伸ばして、優雅に見えますわ。お話しの続きですが、わたくし人間観察が趣味でして、舞踏会には積極的に参加して色々な方の動向を探っていましてよ。そうすると頭の中にロマンスが生まれて、それを書き出すことで物語が完成しますの」                                         

                                           

カタリナは優雅に振る舞いながらそんなことを考えていたんて、以外すぎてリリアはまた驚いた。                                 

                                         

(カタリナ様は凄いわ。お妃修行で得た所作で誰にも気付かれず人間観察をしてそれを小説の糧にするなんて、素敵)                        

                                          

「実は今執筆しているものはリリア様とシグルド様のお話しですの。もちろんそのままを書くわけではありませんが、世間では冷血と呼ばれる侯爵と町娘のラブロマンス。リリア様とお話ししてそのお人柄が分かるたびに頭の中でお話しがどんどん出来上がってきましたわ。この調子でいくと、おそらく来月中には新刊が世に出せそうですわ」                                         

                                             

カタリナは言葉は熱を持っていても表情は冷静なままで優雅な所作も崩れない。完璧だった。                                 

                                           

「私をお話に!どうしましょう、嬉しいけど恥ずかしいわ。でも、カタリナの書く文章はとても素敵だから、新刊が出来ましたら必ず読みます」              

                                           

リリアは赤面してそう告げる。赤面していることもきっと叱られるだろうと恐る恐るカタリナを見ると、カタリナもほんのり頬を染めていた。              

                                           

「読者の声を直接聞いたのは初めてでしてよ。こんなにも嬉しいのですね。リリア様。ありがとうございます」                               

                                          

カタリナはそういうと目尻に涙がうかぶ。                       


「カタリナ、これからも私は貴方のファンよ。ずっと応援している。私にできることがあればなんでも言ってね」                           

                                           

リリアがそう言うと、カタリナはいつもの優雅な表情のまま、                

                                           

「では新刊が出た際はお読みいただいて感想を聞かせていただけましたら嬉しいですわ」                                      

                                          

そう言って微笑んだ。


「もちろんよ!一番に聞かせるわ」                          

                                            

リリアはそう答えるとカタリナは扇子で顔を隠して、                   

                                          

「嬉しいですわ」                                  

                                          

涙声でそう呟いた。                                      

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ツン100%の王子の心の声でデレ1000パーセントで愛されています 青野きく @aonokiku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ