ピースメーカー のらくら文芸部企画もの

棚霧書生

ピースメーカー

お題:ピースメーカー、オランダの涙、豆腐メンタル


『一週間後、俺からの連絡が途絶えたら死んだと思ってほしい』

 中学時代に一番つるみのあった友人にそんな文言のショートメッセージを送った。すぐに既読がつき、『なに?』と短さを極めた返信がくる。いや、あいつの性格を考えればスタンプではなく文字で返してきただけ、俺に心を割いていると思っていいだろう。

『シルバーブレットの総長とトラブった。来週、決闘』

 また既読がつく。今度は数分置いてから返事がきた。

『銀弾のボス猿とか、ガチでバトったら龍斗でも死ぬじゃん、ウケる。てか、再来週行く予定のライブどうすんの? もうクレカで二人分払っちまってるよ。現地徴収のつもりだったし、まだお前からチケ代もらってねえんだけど』

 俺はどうしてこんなメッセージしか送ってこないやつを友人だと思っていたのだろう。俺が死ぬかもしれないのにウケるってどんな神経してるんだ。しかも、最終的に気にしてんの金のことだし……。もしも、俺が豆腐メンタル野郎だったら秒で病んでるぞ。

『俺が死んでたら、別のやつでも誘ってくれ』

 適当に“頼む”系のスタンプを押す。相手からもどうでもいいスタンプが返ってきてそれでやりとりは終了する、はずだった。

『今から代わり探すのもダルいし、お前が死んでもつまらんからさ。俺の知り合いにピースメーカーってやつがいるから紹介するわ』

「ピースメーカー?」

 FPSゲームで出てくる銃がそんな名前だった気がする。意味はたしか仲裁人。俺が頭をひねっているとピースメーカーとやらの簡素な基本情報とともにその連絡先がメッセージ欄に貼り付けられた。


「君が依頼者の空知龍斗くん…………かな?」

 待ち合わせ場所に指定されたファミレスの席に先に座っていたピースメーカーはたっぷりと間を取り、俺を頭の天辺から靴の先までじろじろと観察してから、まあ座りなよと言ってきた。

「なにか言いたげだな」

 俺はタッチパネルで軽食とドリンクバーの注文をしながら、ピースメーカーに話しかける。彼は細身で短髪黒髪に眼鏡をかけていて、見た目からは至って平々凡々といった印象を受けた。

「小学生からの依頼は初めてだからね、少し驚いてしまって」

「は?」

 タッチパネルを間違って二回押してしまい、注文カゴに同じ商品が二つ入ってしまった。取り消しボタンを押して、間違いを直す。そして、もう一方の間違いもきちんと正してやらねばならない。

「俺は小学生じゃなくて、高校生だ」

「……あらぁ、まあでも高校生なら、身長は今から伸びるからね。あまり気にしないでね」

「べっつにッ! 気にしてねえし! つーかそのまえに謝罪はないのかよ!」

「なんで? 背が低いの気にしてないってご自分で言ったばかりですよね?」

「背が低いって言うな! じゃなくて、俺のこと小学生だと思ったのが失礼だって言ってんの!」

 つい大きな声が出てしまった。近くの席からじっとりした視線を感じ、咳払いをする。目の前にいる無礼な男が本当に自分を助けてくれるのか甚だ疑問に思いつつも、ここに来たことを無駄にしたくなかった俺は、ピースメーカーにことの経緯を説明する。


 大口開けてギャハハハと腹を抱えて笑っているこいつを信頼していいものか。

「ひぃー、ちょっと待って面白すぎるんだけど、ゲホッゲホッ!」

 笑いがなかなかおさまらないピースメーカーを横目に俺は五皿目のパスタ、味はカルボナーラを平げていた。ちょうどドリンクもなくなったのでドリンクコーナーに注ぎ足しに向かう。

「……ふう、話を整理させてもらっていいかな」

 コーラを入れたコップを手に席に戻るとテーブルに肘を付き両手を組んだ、いわゆるゲンドーポーズをしたピースメーカーが待っていた。さっきまで周囲を気にすることもなく大爆笑していたというのに、切り替えの早いやつだ。

「どうぞ」

「まず龍斗くんの立場はシルバーブレットと対立するファレノプシスという不良グループの総長。だが、今回は個人的な……とても個人的な理由によりシルバーブレットの総長である三笠遼河くんともめてしまったため、できればグループ同士での衝突は避けたいと……」

「……ピースメーカー、肩震えてっけど。俺が三笠の小学生の妹からの告白を断ったのがもめた原因って、そんなに面白いかよ」

 ぷはっと再びピースメーカーが吹き出す。前言撤回。こいつ全然、切り替えられてねえじゃん。人の話だからってゲラゲラ笑いやがって。ファレノプシスのやつらからも同じ反応をされそうで嫌だったから三笠との件を話せていないのだ。なんとか決闘を避けられるならと恥を忍んで話をしたというのに、この笑いようである。

「んふふ……オホンッ。私のことはピースでいいよ。ピースメーカーだと長いからね」

「あっそ。んで、ピースはなんかいい方法を思いついたか? 俺たちが抗争しなくていいようなのをさ」

 ピースはアニメの黒幕っぽく眼鏡の位置を中指でクイッと直す。

「まあ、おおよそのプランは固まっているよ。条件の確認だが、決闘当日はファレノプシス側は君が一人で決闘場所である工場跡地に行く。そもそもシルバーブレットの三笠くんと君が決闘することはファレノプシスのメンバーは知らない。というか君が教えてない。なぜならば三笠くんとこじれた原因がちょっとアレだから、んふふ……」

「あんまり笑ってっとアンタから沈めるからな?」

 ピースがキュッと口を引き結ぶ。ただし、俺にビビったわけではなく笑いこらえるためだろう。その証拠に口の端がピクピクと動いている。

「なんだろう君ってこう……私のツボにハマるというか」

「チビが凄んでんのが絵面的に滑稽なんだろ。慣れてるよ、ピース以外のやつも、おんなじような反応をするから」

「君がファレノプシスの平の構成員ならともかく総長というのが、また……」

「なんで総長になれたのか気になるってか? それは今回の件とは関係ねえからな。ま、詳細が聞きたきゃ事が無事に終わってからだ。てか俺の話よりもいい加減、作戦を教えてくれないか? いつまでもファミレスにいると無限に食っちまう……」

 追加注文のハンバーグを持ってきた店員にテーブルの空いた皿を下げてくれるよう頼む。一度では片しきれず、中途半端に皿が残った状態で店員は一旦引っ込んでいった。

「それにしてもよく食べるね。あっ、もしかしてそれが強さの秘訣だったり?」

「喧嘩はそこまで強くねえ」

「あ、そうなの」

「もしかして、俺が喧嘩に強くないと作戦に支障が出るか?」

「ああ、いやいやそんなことはないよ。私はピースメーカー、仲裁人だからね。荒事にならないようにするのがモットーさ」

 ピースは一つ咳払いをして、不敵な笑いを見せた。いよいよ本題に乗り出すようだ。

「オランダの涙を知っているかい」

「オモシロ動画かなんかで見たことはある。オタマジャクシみたいな形のガラス玉のことだろ」

「そのとおり。ちなみに君が見たその動画でオランダの涙はどんな特徴を持っていたかまだ覚えているかい」

「丸っこくなってる頭の部分は金づちで叩いても割れない、だがひとたび尻尾の方にひびが入ればその瞬間にオランダの涙全体が粉々に砕け散って……、あー……、お前の言いたいことだいたいわかったわ」

「心が通じ合ってきたようで嬉しいよ」

 俺はピースからさらに作戦の詳細を聞く。たしかにその方法なら殴り合いにはならないかもしれない。しかし、聞けば聞くほどそれは三笠に相当の社会的なダメージが入る悪魔が考えたような作戦だった。


「妙なウワサを流したのはお前か」

 シルバーブレットの総長、三笠遼河がソファでふんぞり返っている。

 決闘当日、俺は一人で工場跡地に来ていた。ピースは荒事は専門外なのだそうでここにはいない。しかし、荒事になる前に喧嘩を仲裁するピースメーカーならば、現地に同行したってよさそうなものだが、きっと今回の件に関しては自信がなかったのだろう。この日までにできる限りのことはしたが、俺も上手くことが運ぶのかはまったくもって確証がない。

「ウワサだって? 何の話か、わからないな」

「とぼけやがって。俺が女に手をあげるクソ野郎だって根も葉もない話が下の奴らに出回ってる」

「ああ、だからか! 随分と子分の数が少ないと思った!」

 キョロキョロとあたりを見回し、ガッテンと言いながら、上に向けた左の手のひらに右手で作った握り拳を叩きつける。さすがにシルブレがオランダの涙のように尻尾にひびが入っただけで全体が粉々に……とはならなかったようだが、人数が揃っていないあたり、ピースの流した噂によって三笠の信頼をそれなりに下げることには成功したらしい。

「バカにしやがって」

 三笠が吐き捨てるように言う。ご機嫌ななめのようだ。

「“妹さん”のためにもこんな馬鹿げた決闘はやめにしませんか?」

「はあ、妹? たしかにきっかけはアイツのことがあったが、今はもう関係ねえ。俺がお前を嫌いだからブチのめす。そんだけだ」

 三笠がパキリと指を鳴らした。ここからは俺の言葉と演技で勝負が決まる。ピースの作戦通り、三笠には今からガチガチのシスコン野郎になってもらう。まあ、元からやつはシスコンの気があるみたいだし、俺が今からやることは大したことないよな、たぶん。

「アンタの妹、花蓮ちゃんから話は全部聞いた」

「はあ? アイツからなにをお話してもらったって言うんだよ、リュートくん?」

「三笠遼河ァ! 花蓮ちゃんが大切な家族だってことはわかるが、俺に嫉妬して八つ当たりするのはやめてくれ!!」

「……嫉妬だとぉ? あのなぁ、そんなわけ」

「たしかに今、花蓮ちゃんが夢中になってる相手は俺だ! だけど、それはアンタへの兄弟愛が冷めたわけじゃないんだってわかれよ! 歳の離れたお兄ちゃんにずっとべったりで大きくなったら結婚するって言ったこと嘘になっちゃうって花蓮ちゃんは気にしてた。だけど、成長して家族以外の人を好きになるのは普通のことだろ! それなのにアンタは……」

「あ? 待て、何の話だよ」

「結婚するって言ったよなって花蓮ちゃんにプレッシャーをかけてるらしいじゃねえか! それが兄貴のやることかよ! 妹の成長を素直に喜んであげられねえのか!」

「そんなこと花蓮には一言も言ってねえ! 勝手に捏造するんじゃねえよ! おい、こいつが言ってることは全部嘘だからな!!」

 周囲にいたシルブレのメンバーたちがにわかにざわつきだす。どこかから、やっぱ総長って重度のシスコンなのか、あのウワサってガチなのか、と聞こえてきた。シルブレの連中に流した噂は三笠は女に手をあげる下衆というのが主なものだが、そこへさらに実は三笠は妹が好きすぎて他の女を上手く好きになれないから腹いせに暴力を奮ってしまうというガセを混ぜたのだ。

 シルブレの下っ端たちの指揮が下がっていくのを肌で感じる。このまま、三笠の部下の誰かがオブラートに、この決闘をするのはみっともないからやめろと三笠に進言してくれると楽なのだが。

「テメェ、マジで殺す。あることないことほざきやがって……」

 三笠がゆらりと立ち上がった。高い身長にがっちりとした体。厚みに関しては俺の倍はありそうだった。

 物凄い気迫。三笠の背には闘志が見えるようだった。さすが、シルブレの総長。

 ピースの作戦は半分成功、半分失敗といったところか。戦意を削いでいる下っ端たちが手を出してくることはなさそうだが、結局は、三笠とのタイマン勝負になってしまった。

 俺がそう思った次の瞬間、「お兄ちゃん、待ちなさい!」と幼さを残した甲高い声が工場跡地に響き渡った。


 小さな女の子が俺に駆け寄ってくる。彼女の細い腕で力いっぱいに俺は抱きしめられた。

「花蓮ちゃん、どうしてここに? いや、そんなことよりここは今ちょっと危ないから外へ」

「リュウトくん、ウチのバカにぃがごめんね! アタシが来たからもう大丈夫よ! 絶対に守ってあげるからね!」

 突然現れた三笠の妹は目をギラギラと輝かせていた。強い意志を宿らせて彼女は、俺が止める間もなくズンズンと歩を進め、兄の前へ躍り出た。

「龍斗くん、無事かい!? ああ、間に合ってよかった!」

「ピース!? ここには来ないはずじゃ」

「君を守るためのカードを切りにきたのさ」

「カード? ちょっと待て、それって花蓮ちゃんのことか? じゃあ、彼女を連れてきたのは……はあ、……ピース! なにを考えてんだ、高校生の喧嘩に小学生の女の子を巻き込むもんじゃねえだろ……」

 ピースに苦言を呈そうとしたそのとき、スパーンという音が辺りの空気をつんざいた。

 音のした方向に目を向ける。そこには花蓮ちゃんの前でしゃがんで頬を押さえている三笠の姿があった。おそらく花蓮ちゃんが三笠に平手打ちを食らわせたのだろう。

「か、花蓮……自分がなにしたかわかってんのか?」

 三笠は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。さきほどまでの威圧的な声音は鳴りを潜め、小さな妹に静かに問いかけていた。

「わかってるわよ。最低男を殴ったの」

「花蓮はどうして俺が最低男だと思ったんだ? あいつらになにか言われたか? ん?」

 俺の位置からは花蓮ちゃんがどんな顔をしているのか見えないが、肩は怒り、拳を強く握り込んでいることはわかった。

「お兄ちゃんがリュウトくんのこと悪く言うのは、アタシのことを心配してるからだと思ってた! けど、違ったんだね! だってお兄ちゃんが本当に好きな人はリュウトくんだったんだから!」

「…………は? はあ!?」

 たっぷりと数秒置いて三笠がたまげる。そして、当然だが俺もたまげる。

「三笠が好きな相手が俺? ないな。ナイナイナイ」

 子どもというやつは素晴らしい想像力を発揮する生き物だ。そして、論理の飛躍もしやすい。きっと花蓮ちゃんの中で変な推論が組み立てられてしまったのだろう。早く誤解を解いてあげなくては。俺が声をあげるよりも先にピースが声を張り上げる。

「私は三笠花蓮さんの協力を得て、ここにいる空知龍斗くんにつきまとっていたストーカーの正体にたどり着きました!」

「え、なに、ストーカーって」

 そんな話一ミリも聞いたことがないんだが。俺の言葉を遮るようにピースは自身の背に俺を隠す。

「卑劣なストーカーはお兄ちゃん、あなたよ! これがその証拠!! アタシがお兄ちゃんの部屋で見つけたんだから言い逃れできないわよ!!」

 ピースに前に立たれてしまったため、横から顔を出して状況を確認する。花蓮ちゃんが斜めがけポシェットから大量の紙切れを三笠に向かって投げつけている。その中の一枚が俺の足元にひらりと滑ってきた。

「なんだよこれ……」

 紙切れだと思ったのは写真だった。そしてその写真に写っていたのは俺、空知龍斗……の着替えシーン。ということはバラまかれたあれはすべて似たような写真なのか。それを見たであろうシルブレの下っ端たちが次々に顔をしかめていく。

「リュウトくん、ごめんなさい。こんな写真見られたくなかったと思うけど、お兄ちゃんを成敗するには必要だってピースさんに言われて」

 じろりと斜め下からピースの顔を見上げる。俺と目があった途端、ピースはニヤァと悪人の微笑みを浮かべた。なるほど、あの写真はすべてピースの仕込みなわけだ。しかし、それならそれで先に俺には教えておいてほしかった、何を勝手に人の写真を撮っているのだろう。

「シルバーブレットって銀の弾って意味なんでしょう? 銀の弾は狼男を倒す武器になるけど、肝心のトップであるお兄ちゃんが一番狼じゃないの。今日のケンカでリュウトくんを大勢で寄って集っていじめて、そのあとでリュウトくんを……リュウトくんに……いっ、いけないことをするつもりだったんでしょ! そんなの最低以外のなにものでもないんだから!!」

 花蓮ちゃんが凛とした声で「どうなのよ、アンタたちは、共犯なの!?」とシルブレのメンバーに詰めかかる。少女とは思えぬほどの声量と気迫にみな怯んだのか、一瞬、場がシンと静まり返る。だが徐々に小さい声で、いや別にオレたちそんなことしねえし……といった反論が出始める。

「乗せられてるんじゃねえぞ、オマエらァァァ!!!!」

 今までだんまりだった三笠が吠える。

「俺が空知のストーカーをするわけがねえ! あいつらのでっちあげだ!! おかしなデマに騙されるな!!」

 三笠が俺たちのほうに向かってこようとする。

「やめて!!」

 花蓮ちゃんが小さな体で三笠にしがみつく。

「おい、花蓮! 離れろ!」

 顔を見合わせて様子を伺っていたシルブレのメンバーが一人また一人と三笠を止めに入る。

 さて、そろそろ逃げる頃合いだよ龍斗くん、とピースが囁いた。

「今後、ファレノプシスの空知龍斗くんにはそちらの総長を近づけさせないでくれたまえよシルバーブレットの皆さま!」

 俺の手を引いて逃げる際にピースはそんな捨て台詞を吐いた。実に楽しそうに。

「あはははは、愉快だったねぇ龍斗くん」

「最悪だったの間違いだろ……」

 さっきのあれは殴り合いにはならなかっただけで、平和的ではないし仲裁とも言えないと思う。

「ピースメーカーって名乗るのやめたら? 引っ掻き回す人でスクランブラーとかさ」

「やだよ。ピースメーカーのほうがカッコイイだろう」

 あはは、あはははは! と高笑いするピースの横顔は人の不幸を喜ぶ悪魔のようだった。


終わり

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