第2話

心の中で優へ向けて毒づくが、留伊との会話がはずんでいるのですでに私の椅子を使っていることなんて忘れているかもしれない。

苛立ちが胸を刺激する。


いっそ優の前に立ってその頬を平手打ちできればスッキリするのに。

その様子を想像して、思わずひとりニヤけてしまう。

芸能人だろうがなんだろうが、人の邪魔をしていいわけじゃないと思い知らせてやるんだ。


自然と拳を握りしめた時、また誰かが登校してきた。

視線の先に現れたその人に私の体温は一気に上昇していく。


教室に入ってきたのは水村正広だった。

正広は175センチのスラリとした体型で、留伊みたいにゴツゴツした体つきをしてはいない。

顔立ちは柔らかくて、誰にでも優しく接してくれるタイプだ。



「おはよう」



正広は教室にいる全員へ向けて挨拶をする。

その人の良さから大半の生徒から返事が返ってくる。



「お、おはよう」



私もぎこちなく、口の中でもごもごと挨拶をする。

それだけで自分の頬が赤く染まるのがわかった。


今の声、正広に届いただろうか。

緊張して心臓がドクドクと早鐘を打っている。


そんな私のすぐ前を通って正広は自分の席へと向かう。

正広が通った瞬間少し風が起こって爽やかな香りがただよってきた。


シャンプーの匂いかもしれない。

私は心をくすぐられている気分になって落ち着かない。


早く自分の席に戻りたいけれど、優はいつまでも私の椅子を使っていて返す気はなさそうだ。

それを見ているとまた腹が立ってきて、私はそそくさとベランダへ向かった。


正広が前を通った、そのときめきを負の感情で塗りつぶしたくはなかった。

まぁいい。


今日は気分がいいから優に席を使わせてやってもいい。

私はそう思い、ベランダから街の景色を見下ろしたのだった。


☆☆☆


それから10分ほど経つと次々と生徒たちが登校してきていた。

そろそろホームルームが始まる時間だ。

担任の小高太一はいつもホームルームで小言を言うから正直好きじゃない。


あんな風に生徒のことをネチネチ攻撃してくる先生はきっと、仕事がうまく言っていないとか、家庭で問題を抱えていてその憂さ晴らしをしているに違いない。

そんな小高がもう少しで教師面してやってくるのだと思うとまた気が滅入ってくる。


けれどホームルームに参加しないわけにもいかないので、教室へ戻るのことにした。

しかし……。



「あれ?」



教室とベランダをつないでいるドアが開かないのだ。

押したり引いたりしてみてもひくともしない。


まさか、鍵をかけられた!?

時々いるのだ。

ベランダに誰かいるか確認せずに鍵をかけてしまう生徒だ。

私は焦り、ドアをノックする。



「ごめん、誰か開けてくれない?」



声を上げたつもりだったけれど、それはとても小さくてドアの向こうには聞こえない。

ノック音もきっと聞こえていないだろう。

もう1度、今度はもう少し大きな音でノックする。



「お願い、誰か開けて」



言いながら浮かんでくるクラスメートの顔はいない。

私に親しい友人なんていないから、仕方ないことだった。


スカートのポケットをさぐってスマホを取り出そうとしたけれど、残念ながらスマホはカバンに入れっぱなしだ。

そうしている間に小高が教室に入ってくるのが見えて、私は咄嗟に窓の下にしゃがみこんで身を隠していた。


なにをしてるんだ。

立ち上がって「開けてください」と言えばいいのに。

だけどそんなことをすればクラス中の視線を集めてしまうことになる。


締め出されてしまった私を見て、笑う子もいるかもしれない。

そう思うとできなかった。



窓の下にしゃがみ込み、小高が点呼している声を聞いていることしかできない。



「森村麻衣子は今日は休みか?」



私の名前が呼ばれてギクリとする。

しかし誰もが「知らない」と首を振っているのがわかった。


毎日早めに登校してきていても、誰も私のことなんて見ていない。

だからこうしてベランダに締め出されてしまうことだってある。


そう思うものの、苛立ちは膨らんでいく。

春菜とは視線がぶつかっているから、私が登校してきていることはわかっているはずだ。


それなのに、なにも言わないことが腹立たしく感じられる。

私はジッと息を殺して自分の参加していないホームルームが終わるのを待ったのだった。


☆☆☆


15分のホームルームが終わって小高が教室から出ていったタイミングで、誰かがベランダへ出てくる気配があった。

咄嗟に立ち上がろうとしたけれど、遅かった。


その人は私が隠れていることに気がついて一瞬目を丸くし、そしてプッと吹き出したのだそれは春菜だった。

春菜はお菓子を食べようとポッキー片手に出てきたようだ。



「気が付かなかった。遅刻扱いになっちゃったね」



今日始めて声をかけられたセリフが、それだった。

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