不穏ラジオ−この番組ではみんなの秘密を暴露します−

西羽咲 花月

第1話

いつものように大谷高校の制服に着替えてキッチンテーブルにつく。

ーブルの上に用意されている朝ごはんもお味噌汁に漬物に焼き魚と、いつもと同じメニューだ。

違うのは昨日は魚は白身だったけれど、今日は赤み魚に変わっていることくらい。


これを見ると今日も1日、また同じような日が始まるのだと私の心は憂鬱になる。

かと言って朝食に文句をつければ母親から『じゃあ自分で作ってみなさい』と言われることが目に見えているから、私はなにも言わずに黙々と食事を続ける。


私よりも1時間ほど遅く家を出るお父さんはまだ起き出していない。

ダイニングを続いているリビングのテレビはつけっぱなしになっていて、さっきから朝のニュース番組の音が聞こえてくる。

母親はテレビをまるでラジオのように聞くのが好きなようだった。

夜の家族団らんの時以外にもテレビは垂れ流しになっていて、母親は家の用事や趣味の編み物をしながら耳を傾けていることが多い。



「やぁねぇ、鳥殺しですって」



母親がしかめっ面を浮かべたので私は視線だけでテレビを見る。

今は地域ニュースの時間のようで、最近地元で起こった出来事が報道されている。


普段は幼稚園でお祭りがあったとか、稚魚を川に放流したとか、そういうニュースが多い中今日は少しだけ違うみたいだ。

男性アナウンサーが深刻そうな表情で住宅街を歩いている。



『鳥殺しがあったのは昨日の朝から昼にかけての間だと思われます。殺されたのはハトで、付近の公園ではよく目撃されていた鳥だと言います』



テレビに映っている住宅街はここからそう離れていない。



私はご飯を食べる手を止めて画面に見入っていた。



「そういえばこの前ネットニュースにもなってたかも」



鳥殺しはここ数ヶ月の間に10件起きており、普段は地域のネットニュースで流れる程度だった。

しかしこう頻繁に事件が起こるので、ついにテレビニュースになったんだろう。

これなら全国版でも放送されるかもしれない。

普段は地味で目立つことの少ない自分の地元の様子が、こうしてテレビに映っているのはなんだか不思議な気分だった。



「麻衣子、あんたは大丈夫でしょうね」



その声に視線を母親へ戻すと、ねっとりと絡みつくような視線が向けられていた。



「え……」


「鳥、殺してないでしょうね」



そんなことするわけねぇだろ!

思わず汚い言葉が出そうになり、慌ててご飯を口に突っ込んだ。


そのままゆっくりと咀嚼する。

自然と母親の言葉を無視する形になり、母親はゆるくため息を吐き出した。



「いつからこんな無愛想な子になったのかしら」



母親は目の前にいる私へ向けて、つぶやくように言ったのだった。


☆☆☆


「行ってきます」



玄関から小さな声をかけても、洗い物をしている母親には届かない。

それを気にすることもなく、私は家を出た。

梅雨が開けてすぐの気温は朝から急上昇していて、家を出た瞬間からジリジリと肌を焼かれている。

私はできるだけうつむき、紫外線から顔を守るようにして歩き出す。


家から学校までは徒歩10分ほどの距離だから、自転車を使うこともできない。

私はうだるような暑さの中、学校がある日は毎日毎日ダラダラと歩いて通学する。

大谷高校2年A組が私の在籍している教室だった。


教室内は空調が効いていて、入るとようやくホッと肩の力を抜くことができた。

ここまで歩いてきたことで額には汗がじっとりと滲んできていて、私はそれを手の甲で拭った。

私の席は窓際の前から三番目の席で、春や秋は爽やかな風が入ってきていいけれど、冬と夏は寒かったり暑かったりして不評の席だ。


そんな席に文句も言わずに座り、鞄の中から教科書とノートを取り出し机の中に仕舞う。

これだけの作業を終えてしまえばあとはやることがなくなる。


私はしばらくぼんやりと外の景色を見ていたけれど、ホームルーム開始前にトイレへ行っておこうと思い至った。

登校してきている生徒たちの誰とも視線を合わせないよう、うつむき加減で教室を出てトイレへ向かう。

個室に入るとまた少し安心できた。



沢山の生徒たちがいる教室よりも、個室にいるほうが心が安らぐ。

別にイジメられているわけではないものの、自然とそんな風になってしまった。


しかし、トイレから出てきてA組に戻った時、ついさっきまで使っていた私の席に別の生徒が座っていることに気がついた。

同じクラスの長野優だ。

長野優は友人の久保涼香と会話するために私の椅子を勝手に使っているみたいだ。


一瞬額に血管が浮き出るのを感じる。

人の許可なく勝手につかってんじゃねぇよ!

と、言葉が喉から出かかり、ゴクリと飲み込んだ。


そんなこと、思っていても言えるわけがない。

優は国民的美少女コンテストで最優秀賞をもらい、最近では雑誌のモデルや飲料水のCMに出演している。

この学校では珍しい、芸能人だ。


見た目だけでなくスタイルも抜群で、誰も優に逆らえないのが現状だった。

そんな優と一緒にいるのはクラス内では優の次に見た目がいい涼香だ。

優の次と言っても、そこには絶対に超えられない壁がある。



涼香は一般人として可愛いと言えるけれど、ただそれだけで芸能人である優の足元にも及ばない。

それでもふたりが仲良くしていられるのは、涼香は優のご機嫌取りをしているからだ。

ほら、今だって。



「優の爪ってほんと綺麗だよね! 自分で手入れしてるの?」


「自分でなんてするわけないでしょう? ちゃんとお店に行ってるよ」


「すごぉい! この学校でネイルサロンに行ってる子なんてきっと優だけだよ!」



涼香の少し大げさなくらいの言葉に優は心地よさそうに微笑んでいる。

優も涼香もこの関係がまともな友人関係じゃないことを理解していて、続けているんだ。


とにかく、そんな優に席を奪われてしまって座る場所がなくなった私は何気なく教室内を見回した。

教室中央の席でチョコレート菓子を食べている斎藤春菜と視線がぶつかった。

春菜は私と視線がぶつかった瞬間少し恥ずかしそうに微笑み、そしてまたお菓子に集中しはじめた。


春菜は学校へ投稿して来ると一番はじめにこうしてお菓子を食べている。

そのせいかぽっちゃりとした体型で、色白なところも含めてまるでブタみたいだ。

私は内心で春菜のことをあざ笑う。

少なくても私はブタよりも細くてスタイルがいいはずだ。



だけどそれも口には出さない。

他に来ているのは樋口風翔。

風翔はさっきからマンガ本を熱心に読み込んでいる。


分厚い眼鏡の奥の細い目がいやらしく歪んでいるから、どんなマンガを読んでいるのか疑いたくなる。

風翔はこのクラス内では一番根暗だと言ってもいいかもしれない。

休憩時間になっても自分から誰かい話しかけることはないし、誰とも目も合わせない。


正直、ちょっと怖いくらいだ。

そう考えていると中西留伊が登校してきた。

留伊は剣道部の生徒で慎重190センチに筋肉質な体つきをしていて、とてもデカイ。


そこに立っているだけですごい威圧感がある。

そんな留伊に気がついて優が明るい声をあげた。



「留伊、おはよう!」



人の席に座ったままで右手を上げている。

留伊は優に気がついて笑顔を浮かべる。


ふたりは2ヶ月前から付き合ってるようで、それは周知の事実だった。

そんなことどうでもいいから、早くその席をどけろよ派手女。

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