「弾着観測手」

低迷アクション

第1話

 “K”の祖父は現在70代…生まれは戦後から5年後である。


焼け野原の国土を目にし、復員兵である彼の父は、敗戦の悔しさを自身の息子に託す。


その思いを受け、祖父は16の年に、自衛隊へ入隊する。当時の日本は、高度経済成長の最中であり、学生運動、その後の連合赤軍テロ、世界中で勃発した大国同士の冷戦から起きる代理戦争をどこ吹く風で、復興を進めていった。


国民のほとんどが、ただ、繁栄の波に上手くのる事だけが生きる指標となる時代…


当時を生きた人達にすれば、それが当たり前であり、例え国内の過激派の活動だろうと、自身に直接関わる事がなければ気にしない、前大戦を彷彿させる全てを極力排除するよう、メディアも教育も占領国の統治下で進み、現在も継続される“平和ボケ”の根幹を作っていく。


祖父が入隊して4年後、大戦前の残党、英霊?が自衛隊に決起を促したが、呼応する者など無く、腹を切る事件は、その浸透具合を象徴する事件でもあった。加えて、その余波は、しっかりと確実に、彼自身の進退をも決めていった。


突然、提出する指示を上層部から出された“依願退職書”


受理が決まると同時に、専用車両で運ばれた先は横須賀占領軍基地、乗せられた軍艦の行き先は代理戦争の激戦地である、東南アジアの戦場だった。


現在もミリタリーマニアの間で囁かれる、自衛隊実戦参加の都市伝説…


Kの祖父の話を信じるならば、これは“事実”と言う事になる。


70年代、第2次世界大戦で用いられた戦争形態に、コンピュータ技術を使った戦闘や、メディア、報道等が与える影響など、新たな戦争の基礎が作られていった。


旧態依然の戦争しか知らない各国は、この“近代戦”を学ぶため、数十の国が、敵味方に分かれ、参戦した。


強い湿気と熱帯特有の臭気を持つ密林に上陸した祖父の配属先は、陸軍パトロール小隊…彼の仕事は“弾着観測手”だった。


密林や湿地帯の戦闘では、戦車は動けず、この戦争で初めて兵器として投入された

“戦闘ヘリ”は、充分に有効でなく“人間”対“人間”の戦闘が主であった。これは、侵攻されているアジアの国が、自国の独立を勝ち取るために、十数年も大国と戦い続ける中で学んだ“ゲリラ戦術”であり、


現に地形の利が使えない占領軍は文字通りの泥沼にハマっていく。


打開策として、歩兵に空爆や砲撃支援を多量に行う事によって、不足面をカバーする戦術がとられた。


この攻撃の弾着 (砲弾や爆弾が当たった場所の正確さ、追加攻撃の有無など)の結果を観測し、無線で報告するのが祖父の任務だった。


彼の立場は“日系”と言う事になり、味方の白人兵士からは“カタナ”の愛称で呼ばれた(アジア系の兵士は実際に多くいて、彼等から“日本人だろ?”と詰められたのには、辟易したが…)


戦闘が主任務ではなかったが、飛び交う銃弾や爆発の中を進むのは、通常の兵士と変わらない。銃弾によって倒れる味方の死を何度も見た。自身が要請した砲撃で赤い肉片となって、吹き飛ぶ敵の姿も…


正に地上に現出した地獄とも言うべきアジアの密林で、祖父は只、冷静に、父の思いと自国の発展のためと割り切り、役割をこなす。


だから、自身が、あそこで視たモノは狂気の中での幻だったのだと思う…と祖父は語る…


 「カタナ、5時の方向、ニッパヤシが枯れてる所、あそこだ。グーク共(アジア人に対する蔑称)に一発かませ」


「了解、HQ(本部の意)HQ!こちら、ウィスキーイエロー、今から送る位置と座標に砲撃申請…」


45口径自動拳銃を片手で撃ちながら、吠える小隊長に答え、砲撃を要請した数秒後、轟音と共に飛来した105ミリの砲弾が大木とその陰に隠れた敵兵を恐らく吹き飛ばす。


ここからが、自身の仕事だ。目視と敵の反撃有無で戦果を確認し、本部に伝えなくてはいけない。


銃身を切り詰めた突撃銃を構えながら、爆心地へ視界をこらす。火薬と密林の臭いには、だいぶ慣れた。どうしてもなじめないのは、人が焼ける臭い…こればかりは一生かかっても、無理そうだ。


煙燻る前方からは、応射も上がる声も無い。恐らく敵は全滅…そう報告しようと、マイクを近づけた顔が引き攣り、


「HQ、こちら、スモーキーイエロー!!弾着いま!効果確認、敵未だ残存せり、引き続き、効力射を要求!位置、座標、修正なし!!修正なし!繰り返す」


先程まで考えていた内容とは別の言葉を叫んでしまう。


「落ち着け!カタナ、敵は全滅だ。俺の部下を殺す気か?」


小隊長のデカい手が祖父の首根っこを掴んだ所で正気付く。見れば、先程自分が砲撃した場所を味方の兵士達が走り抜けていく。


「もう大丈夫だ。少し休め!衛生兵!来てくれ」


普段の祖父からは考えられない行動に慌てた小隊長が、彼を後方に送った。その日の夜、塹壕と機関銃に守られた前線基地で休む彼の耳に、小隊全滅の一報が届いた…


 「帰国キマテ、ヨカッタナ」


ビール瓶を片手に話しかけてきたのは、この国の少数民族兵である“チコ”だった。地の利を得られない占領軍は、立場の弱い少数民族の、地位向上や永住圏の確保を餌に、その多くを“現地徴用”して味方につけた。


チコと祖父は占領軍の中でも、階級や発言力の無いアジア人として、部隊は違えど、基地で会えば、互いの労をねぎらう仲だ。


「ありがとう。チコ。だが、多くの友達を失ったよ。ヒドイもんさ。お別れだ」


「何をミタ?」


「えっ?」


「JAPAN SWORDみたいな切れ味、正確な砲撃観測を行うカタナが一度吹っ飛ばした場所を再度砲撃しようとした。皆、驚いてる。だから聞く。お前何をミタ?」


「‥‥」


「答えられないか?いや、皆そうだ。機関銃手のボブは7.62ミリ フルメタルジャケット(徹甲弾)をフルパックで500発、一晩中、森に撃ち続けた。彼の言い分は敵がいたと言うが、本音はこうだ。


“ただ、怖かった。怖かったんだよ”


パラジャンパー(ヘリを使ったレスキュー部隊)のロジャースは要請のあった陣地に降下した際に唯一救った海兵隊員は、全身を獣の爪みたいなモノで余すトコなく切り裂かれてた。勿論、彼の心もね。即帰国だって話だ。最もロジャースに言わせれば


“この戦場じゃ、どんな事でも起こり得る”


そうだが…他にも話をしようか?陸軍のジョンは捕虜になった時…」


「死体が起き上がったんだ…」


チコの褐色の頬が歪むのを確認し、話を続ける。


「グラウンドゼロの中から、爆発で粉々の筈の陣地から、敵がワラワラ這い出してきた。目や口は只の黒一色、その中から臓器や草木の混じった奴とか、ひしゃげきった手を裂いて、突き出した枯れ木や赤ん坊、動物の頭…とにかく、色んなモンがぐちゃぐちゃに混ざった


“明・ら・か・人・で・は・な・い”


奴等が俺達に向かって進んできやがった…


小隊長に言われるまで、俺の目はそれを映し続けていた。全く…訳がわからん…

アレは何なんだ?」


こちらの話を全て聞き終わったチコは、話の間中、閉じていた目と口を開く。


「カタナ、この国は、前の前の戦争では、お前達に占領されていた。次はヨーロッパ、そして、今も…30年以上戦っている。いっぱい人が死んだ。酷い殺されかたも沢山だ。酷すぎて、語るのは無理…落とされた爆弾と砲弾は何万発…


ナパーム、枯葉剤、特殊爆弾(恐らく気化爆弾の事を言っている)殺されたのは人だけじゃない。この国の全てが余所者達によって好き放題に破壊され、虐殺された。


わかるかい?怒っているのは“ニ・ン・ゲ・ン”だけじゃないんだ」


「チコ、つまりアレは人間じゃな…」


「そこまでにしてオケ。味方の士気がこれ以上下がるのは、俺達アジア人兵士の進退にも関わる。もう、お前は国に還る。だから、その話は胸に仕舞って持っていくんダ」


ただ頷くしかない祖父に、寂しそうに笑ったチコはビールを手渡した後、土埃舞う廊下を少し歩き、思いついたように振り返り、こう言った。


「カタナ、この戦争は俺達の負けダヨ…」


これから2年後、占領国は建国以来初めて”他国”との戦争に敗北した…(終)

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