第31話





体育祭当日、いつもより何倍も何十倍もテンションの高い愛梨と一緒に登校して、何処か浮き足立った様子のクラスメイト達に迎えられながら教室に入った。


愛梨に誘われるまま道場通いを始めて、以前よりは身体を動かす事に慣れてきた俺も、流石に此奴こいつらのこのテンション感にはついていけなかった。


前日まで陸上部の練習でこれでもかというほどに走らされたことで、げんなりとした様子で自分の席に着いて机の上で伏せっていた楓奏に声を掛けてみると俺と同様、教室内の騒がしい様相に参っているようだった。


「もう、二人ともだらしがないな〜」


騒がしい集団の中から愛梨が出てきて、そう言って俺と楓奏をたしなめた。

俺も楓奏もそんな愛梨に手を引かれながらグラウンドに出て、白組の旗が掲げられたテントまで連れてこられた。


「じゃ、私はあっちだから。頑張ろうね、二人とも」


手を振って離れていく愛梨を眺めながら俺と楓奏は顔を見合わせて仕方なしとばかりに微笑み合った。


体育祭開始の時間が迫って、クラスごとに並んだ。クラス内で赤組と白組とで丁度半々になるように分かれているため、赤組の列と白組の列の二列で並んでいる。

赤組列の一番前にいる愛梨は爛々と顔を輝かせ開会式に臨んでいた。


開会式が始まり校長や県教委の偉い人が話をして校歌を歌って、各組団長の選手宣誓があって。

そんな長い時間が終わって、漸くといった様子で体育祭が幕を開けた。




最初は各組の応援合戦。


両組共に定番曲の替え歌を歌って、各々に騒いでいた。相変わらず俺は周りの熱い空気についていけずにいた。

楓奏が次の種目である短距離走に参加する準備の為にと入場門の傍へと行ってしまっているので、誰と話すでもなく独りでボーッと座っていた。


短距離走が始まって、漸く少しだけ上がってきた俺は他の追随を許さずにぶっぎりでゴールした楓奏の姿に拍手を送った。


『さすが陸上部ってだけあって断トツの一位やん』


『あの子と仲良いあの赤毛の子の方もウチの組だったら良かったんにな』


そんな声が周囲から聞こえてきて我が事のように嬉しくなってひとり鼻高になっていた。


種目が終わった楓奏は同じテントにいた人達から称賛の言葉を浴びて照れ臭そうにしていた。


隣に戻ってきた楓奏を労いつつ、次の種目となっていた下級生達の競技を見て楓奏と二人で騒いでいると不意に誰かに背中をはたかれた。

振り返ってみると少し不機嫌そうにしている愛梨がいた。


「なんで白組のテントにいんの」


「……知らない」


愛梨は拗ねたように『ぷいっ』という擬音が付きそうな様子で俺から顔を背け、隣に座っている楓奏と向き直った。


「楓奏!さっきの走り凄かった!」


「ありがとう。短距離だしって思って、思いっきり走ったんだ」


「うんうん。凄いかっこよかったよ」


「そう?愛梨にそんな風に言ってもらえるなんて何か嬉しいね」


達成感からか楓奏は嬉しそうに愛梨に短距離走の感想を伝えていた。


しばらく愛梨はそうして楓奏と話しながら白組のテントの中にいて、二年生全員の出場競技である綱引きの準備の時間になると慌てた様子で赤組のテントへと戻っていった。


戻っていく時も一度俺の顔を見て不機嫌そうにしていて、俺はそんな愛梨の行動の意図が掴めなくて頭を悩ませた。


「──あー。なんか、ごめんね」


そしてそんな俺を見た楓奏に何故か謝られた。


グラウンドの真ん中に敷かれた長くて太い縄の両端に並んで緊張しながら開始の合図が鳴るのを待った。


そしてピストルの音が聞こえたと同時に縄を掴んで後ろへと思いっきり引っ張った。

あまりに赤組側からの引かれる力が強くて、引いても引いても前に引っ張られてしまって。

結果、為す術なく白組は負けた。


午前の部も終盤に差し掛かって、各組代表選手が参加する紅白リレーと、部活対抗のリレー、そのどちらにも愛梨は参加していて、好成績を収めていた。


俺はゴールして嬉しそうにする彼女の勇姿を愛おしく思いながら全力で称賛した。




午前の部最後の競技は借り物競争だった。


学年ごとで行われる借り物競争は参加者それぞれが箱の中から一枚紙を引いて、ピストルの音が鳴ったと同時に紙を開いてそこに書かれた条件に合う物を探し、見つけ次第ゴールまで走る、という物。


小説やアニメの定番では探す物は『物』というよりは『人』の場合が多かったりするが、果たして現実はどうなのやら。


下級生の競技の様子を見守って傾向を見てみると、定番の通り条件に合った人を見つけては一緒にゴールしていくものだった。


2年生の番になって、クラス順出席番号順にそれぞれ紙を引いていく。

2年生の中でも転校組の俺達は6組の扱いなので引くのは最後の方。つまりは余り物を引く。


ピストルが鳴って紙を開いてみるとそこには『────』。


俺は真っ先に愛梨の姿を探して走り回って、けどなかなか見つからなかった。

他の同級生達は条件に合う人を見つけてはどんどんゴールへと向かっていた。


もし愛梨が他の条件で誰かと一緒にゴールしていたら困る。

俺は焦りを覚えながらグラウンド中を走り回る。


「吉野みっけ」


すると愛梨の手を握った楓奏が現れて俺の手を取った。


「じゃ、二人とも行くよ」


「ちょっと、楓奏!?」


そうして俺と愛梨は楓奏に手を引かれて三人同時にゴールへと辿り着いた。


「三人一緒でのゴールですね。紙を確認させていただいてもいいですか?」


審判をしている体育祭実行委員に声を掛けられて楓奏は堂々とした様子で紙を提示した。


「私のは『親友』です。愛梨だけを連れてくるんでも良かったんだけど、それじゃ吉野に申し訳なかったし、どうせなら三人でゴールしたかったので」


「『親友』、いいですね。大切になさってくださいね」


審判の彼女はそう言って楓奏のゴールを認めた。


そして今度は愛梨の番。

愛梨は顔を真っ赤にしながら審判の女子生徒に紙を見せると小声で何かを言ってゴールを認められていた。


「では最後はあなたですね」


そう言って促され、俺は審判の彼女に紙を手渡した。


「『好きな人』、それはこの二人の内のどちらかの事ですか?」


「……はい、そうです」


「そうですか。気持ち、伝えられるといいですね」


愛梨同様顔を真っ赤に染めながら審判係の彼女とそんな風に話した俺はふと愛梨と目が合って気まずくなって目線を逸らしてしまった。


実行委員の彼女が旗を上げたことで俺のゴールも無事に認められ、俺達の借り物競争は終わった。


競技の後で楓奏が俺と愛梨を交互に見てはなにやらニヤニヤしていたのが気になったが無視しておいた。


果たして愛梨の持っていた紙の内容の方はどうだったんだろうか。




「三人ともお疲れ様」


由紀菜さんが用意してくれたお弁当を食べながら、楓奏と午前の部の感想を言い合った。

そして愛梨にも話を振ろうとして──、


「──楓奏、一緒にトイレ行かない?」


けれど愛梨はそう言って楓奏を連れて行ってしまった。


「お前、何かしたのか?」


「それが、心当たりなくて……」


笑顔の颯斗さんに突っつかれながら絡まれて、改めて頭を悩ませてしまった。

由紀菜さんだけは何かを察したかのようにクスクスと笑っていたけど。


結局戻ってきた愛梨と会話が無いままに昼休憩が終わり午後の部が始まった。


午後の部の始めに再び応援合戦が行われ、騒がしい時間が続いた。

その勢いのままに下級生参加の競技大縄跳びがあって、そしてその次の種目は長距離走。

愛梨の参加種目だった。


トラック一周分の距離を走って速さを競うこの競技。体育祭実行委員の配慮もあって愛梨は少し有利にも思える外周側を走ることになっている。

ただ同じ陸上部で長距離を得意とする生徒との並走になるようで、愛梨はいつも以上に真剣な表情で自分の出番を待っているように見えた。


何となく愛梨に避けられている事は分かっていたので競技の前にも変に声を掛けに行くようなこともしなかった。

楓奏の方は『愛梨の緊張を解すため』だとか言って愛梨の応援をしに赤組テントまで行っていたけど。


そんな楓奏が白組テントに戻ってきた頃に愛梨の走る番が回ってきた。

ピストルの音と共に駆け出した愛梨はトラックを勢いよく走り切ると、いちばん最初にゴールテープを切った。


ただ流石にぶっちぎりとはいかず、ほんのコンマ何秒かの差で件の陸上部員の生徒が次点でゴールしていた。




その後は女子生徒のみ参加の玉入れだったり、男子生徒の騎馬戦だったり、激しめな競技が続いて、グラウンド内は大盛り上がりだった。


体育祭も終盤に差し掛かって、皆が赤組白組それぞれの合計点数を気にし始めた頃、楓奏の元に一人の3年生が来た。


「あなた短距離走ですっごい早かった子だよね。実はこの後の紅白リレーに参加する予定だった子が怪我しちゃって参加できなくなったの。もし良かったら代わりに走ってくれないかな」


「ええと……」


楓奏は戸惑って俺の方を向いて、その目で『どうしよう』と語りかけてきた。


「──それ、私が出ちゃダメですか?」


突然聞こえてきた声に振り向くと、声の主は愛梨だった。


「いや、でもお前赤組だろ」


「そんなのどっちかからハチマキ借りればそれでいいじゃん」


「それはそうだけど、それだけじゃなくて。走る時とかどうすんだよ。周りは3年生ばっかだし、それにお前右側が──」


──見えてないんだから危ないだろ。


そう続けようとした俺は愛梨の鋭い眼光によってそれ以上言葉を続けることが出来なかった。


その後も問答は続いたが、愛梨はあくまでも自分が代理として参加することを前提に話を進めようとして譲らなかった。


「あなたが走りたいって言うなら、お願いしようかな。私としては足が速い子が出てくれるって言うなら誰でも大歓迎だから」


結局、先輩はそう言って愛梨を連れていった。

愛梨は俺が渡したハチマキを頭に巻きながら先輩に連れられて入場門の方へと歩いていった。


「さっきの長距離走の事がよっぽど悔しかったんだろうね」


愛梨のそんな姿を見て楓奏がそう言って独りごちた。

長距離走でいちばんにゴールして称賛されていた愛梨だったけど、それは愛梨にとっては納得のいってなかった物だった。

だからもう一度走ることで、今度は納得のいく走りを見せたいと、そういうことだろうか。


愛梨の思考を読み取ろうとして、けれど今日の愛梨は不可解な点が多くあった事を思い出した。


「──なあ楓奏。そういえばだけど、さっきから俺愛梨に避けられてるっぽいんだけど。何か理由聞いてたりしないか?」


俺の問いに対して楓奏はビクッと反応してみせた。そして俺と向き合うと首を振った。


「……それは、ごめん。私の口から言えるような事じゃないと思うから」


「そっか……、分かった」


楓奏のそんな真摯な答えに俺はそれ以上には何も言えなかった。




体育祭の勝敗を分けると言っても過言ではない。そんな午後の部の紅白リレーが始まって、次々と走者がゴールテープを切っていく。


3年生の中に混じる愛梨の姿が見えてきて、赤組の方から戸惑う声、白組の方からは歓声が聞こえてきた。


右側に眼帯を付けているせいか頭に包帯を巻いているようにも見えるその白いハチマキを愛梨が強く巻き直しながらトラックへと立った。


突発参加のため配慮も何も無くて、運の悪いことに愛梨は一番左側のコースに立っていた。

それは右側の視界が無い愛梨にとっては一番危険なコース。


ピストルの音が鳴って、愛梨が走り出してすぐにインコースに入ろうとした他の人と接触しそうになって事故になりかけていた。

何とか一番最初にゴールテープは切っていたものの、愛梨が走ったそのリレーは冷や冷やとさせられる物だった。


「怪我しなくて良かったよ」


一位の旗を持たされて悔しそうにする愛梨の元に楓奏が駆け寄って声を掛けていた。


その後愛梨は養護教諭の宮﨑先生に救護用テントに連れて行かれた。

楓奏が愛梨に同伴、俺は念の為由紀菜さんの元へ行って救護用テントへ行くようにと伝えた。


「……気を遣われて、やり易い場を提供された上で一位になったって全然嬉しくなかった。それにそれだけの環境を与えられてたのに僅差でしか勝てなかったってのが死ぬほど悔しくて悔しくて仕方がなかった」


テントの中で愛梨が泣きながらそうやって零していたのを聞いて、俺まで悔しさを覚えてしまった。


「そうだったとしても、危険なレースに出た事でもし怪我をしてしまっていたら、その時は今以上に後悔してたかもしれない。そうはならなくて本当に良かったけど、あんまり危ない事はしちゃダメ。私の言ってること、分かるよね?」


由紀菜さんのそんな窘める声に愛梨は下唇を噛みながら頷いていた。




「ごめんね。私ももっと考えて声掛ければ良かったね」


「元はと言えばあの時私がすぐに返事を出せていれば良かったんです」


「俺も愛梨の事情を知ってたんだからもっとちゃんと止めるべきだったと思います」


そう言って3年生の先輩が謝って、俺と愛梨からも先輩に頭を下げた。


愛梨の尽力もあって、午後の部紅白リレーは白組の勝利だった。


総合結果では赤組が勝利となって、今年度の体育祭は閉幕した。




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紡ぐ想いと、その彼方。【改稿版】 大和環奈 @sakana-kanayui

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