百合勇者になんて魔王が倒せるか! ~もちろんですとも、姫と共にやらせていただきます~

滝川 海老郎

第1話 百合勇者

 何を隠そう、私こそが世間を今騒がせている「百合勇者」ことエルナ・ミッケンバウム男爵令嬢だった。

 今日も姫と人目を避けて、そっと優しくて甘いキスをする。


 時系列にお話ししましょうか。

 事の起こりは今から八年も前、私がまだ八歳だったころにさかのぼる。

 私は初めての貴族パーティーで同じ年という第二王女様、ミシェル・フォン・ファランギース様と同席した。


「あの子がお姫様なのですね」


 まだ私と同じ八歳であるのにすでに美貌は知られており、大変かわいらしい容姿はもちろん朗らかで優しい性格は貴族に大変人気であった。

 特に男爵家など相対的に低い身分の令嬢たちにも優しく接してくれるため、女の子たちの憧れであったのだ。


「みなさま、パーティーに参加していただき、ありがとうございます」


 まわりに目を合わせて、そっと姫が微笑んだ。

 私も一度お話ししただけで、その魅力に取りつかれた一人だった。

 ただ私の憧れは異常だったのだ。


「姫様にお近づきになりたい」


 最初は邪念ともとられかねない欲望だった。

 メイドにはなれないかと考えたが、男爵家では地位が低いと両親に言われてしまった。

 姫くらいになるとお付きのメイドは侯爵家くらいの次女、三女などがなると言われている。

 そこで知恵を絞った結果、女騎士つまり近衛騎士になろうと考えを変えることになった。

 それが無理であれば、武装メイドという腹案もあった。


 私は剣を持ち、最初はお父様、お兄様と訓練をしていた。

 毎日毎日、剣を振る。


「えいやぁ!」

「とやぁ!」


 ミシェル姫と私が十二歳になったころ姫が聖女認定された。


「聖女様」

「ミシェル姫が聖女に!」


 世間を騒がせたのだが、ミシェル姫は教会と王宮をいったりきたり忙しい日々を過ごしているらしい。

 たまに貴族のパーティーで見かける程度の姫様を眺める日々を送った。

 その度に姫は私にも声を掛けてくれて優しい声を聴かせてくれる。


 そうして気が付けば、あれよあれよと剣の腕は上がっていき、ついに騎士団にスカウトされるまでになったのだ。


「エルナ騎士、任務を拝命します」


 こうして王立騎士団の末席に参加することができた。

 しかし目標は姫様の護衛だ。

 それが近衛騎士で、一番難関であった。


 それでも往生際が悪く、訓練を欠かさず、毎日のように模擬戦をした。

 同期は男性ばかりの中、女性だけを集めた騎士団女性部隊に滑り込むように参加することができたのは運がよかったと思う。


 しかしそんな時、世界情勢に不安が出てきた。


「魔族が活動的になってきている。我が王国はこれに打って出る。勇者様を選抜する。勇者には我が姫、ミシェル・フォン・ファランギースとの結婚を許可する」


 王命であった。


「えっちょっと……」

「エルナ、どうするの?」

「私、もちろん参加する」

「姫様と結婚するの? そこまで好きだったの?」

「うん……」

「きゃっ、エルナすごい」


 女性部隊の子たちとわいのわいのと騒いだ。


 勇者選抜の試験に私も参加した。

 多くはやはり騎士団からで、何割かの人は冒険者から参加していた。

 その中でも女性の私は大変目立っていた。


「おい、女で勇者になるつもりなのか」

「姫様と女が結婚するつもりか」

「いくらなんでも勇者は務まるまい」


 いろいろ言われはした。でも、私は本気だった。

 姫様をお慕いしている。


 そんな場所にミシェル様が現れたのだ。


「あら、エルナ。頑張ってくださいね」


 なんとミシェル様が私の名前を憶えているばかりか、応援してくださったのだ。

 騎士団所属になったからお言葉をいただいたことは何回かあるが、こうして名前を直接呼ばれたことははじめてであった。


「ありがたき、お言葉です」

「ふふふ、私のことお嫁さんにしてくれるんでしょう?」

「はいっ」


 こうしてやる気千倍になった私は選抜試験のトーナメントを次々と撃破していき、ついにその勢いは止まらず、優勝してしまう。


「勝者、エルナ」

「わぁ、エルナ、すごいわあなた。女勇者ですね!」


 ピンクのかわいらしいドレスを着たエルナ姫も私をたたえてくれたのだ。


「いいのですか、ミシェル姫様? 相手は女なのですぞ?」

「いいのです。私を愛してくれると約束してくれました」

「そ、そうかもしれませんが」

「もう決めました。エルナ、前に」

「はっ」


 優勝した私が一歩前に出る。

 するとミシェル姫が壇上から降りてきて、私の正面に立ち一度止まる。


 そしてさらに顔を近づけてきて、そのまま……ちゅ。


「んんっ」

「んっ、あっんん」


 誓いのキス。

 私たちは女の子同士で婚約の誓いのキスをその場でしたのだった。


 ということで王都では今「百合勇者」だの「女たらしの女勇者」だと、様々な噂が飛び交っている。

 しかし勇者の実力はトーナメントを見ていた観客たちが一番よく知っており、エルナが強いことに疑問を持つ人はいなかった。


「エルナ様、手を」

「はいっ、姫さま」

「もう、姫様ではありませんよ。ミシェルと名前で読んでください。結婚するんですから」

「はい、ミシェル……」

「うふふ、エルナ、大切にしてくださいね」

「もちろんです」


 こうして私たちは旅立ちの日になった。

 ミシェル姫もドレスではなく今日は鎧を着ている。


「さて、まいりましょうか」

「はい、ミシェル様」

「エルナ様も準備はいいですね」

「もちろんです。いつでも行けます」

「では、出発」


 姫様と女勇者の私、二人だけを乗せた馬車に揺られていく。

 後続の馬車には戦士や僧侶などが乗っていた。


「やっと二人きりだね」

「はい、エルナ」

「ふふ、ミシェル……」


 そっと肩を寄せ合い、キスをする。

 あの誓いのキス以来、人目を忍んでたびたび唇を合わせてきた。

 女の子同士、二人はお互いが好きなのだった。


 勇者である私、聖女である姫。

 二人が力を合わせればどんな魔王だろうと打ち勝つことができるはずだ。

 聖女と認定されるだけの魔法の力を姫は持っていたのだ。

 世間にはほとんど知られていない強大な魔法力。

 勇者の力を何倍にもする補助魔法の力。

 死にかかった人すら治療する癒しの力。

 しかし、いずれも姫の生命力を犠牲にするそうだ。

 この人を死なせてはいけない。

 そんな姫も「勇者を守る」と誓っているのを知っている。

 私は剣に力を込めて「姫を守る」と改めて誓うのだった。

 二人で生きて戻る、その日まで。

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