第4話
どこをどう歩いたんだろう、僕は田舎の山奥にある小屋で一人暮らしをしていた。
もちろん、普通の高校生たる僕が、自給自足の生活なんてできるはずがない。
それでも、一人で暮らしているのは運が良かったとしか言えない。
家から逃げ出して、ひたすら走って、山奥の村へたどり着いた。
そこで疲れて道端でしゃがみこんでしまった僕を心配して優しく話しかけてくれたお爺さんがいた。
お爺さんは僕の話を聞いてくれて、山奥の小屋に住まわせてくれた。
見ず知らずの人なのにだ。
その上、時折、食事まで持ってきてくれている。
本当に感謝しかない。
どうやらお爺さんは僕のことを孫のように思ってくれているらしい。
当初は、一緒に暮らすことを提案されたが、断った。
もちろん、お爺さんに感謝はしているし、一緒に暮らした方がいいことはわかっている。
それでも、僕は人と関わるのがもう嫌だった。
身近な誰かが、またあんなふうにバグが発生してしまうのは、耐えられない。
テレビもない、ネットもない、スマホもない。
外界の情報は何も入ってこない。
そんな山奥で暮らし始めて数ヶ月が経った。
次第に、僕の心も安定してきて、このままじゃいけないと思うようになった。
しかし、それでも、いきなり家に帰るというのは怖かった。
家に帰って、父さん、母さん、灯里がまだあの状態かもしれない。
それを想像すると、怖くて山を降りる気になれなかった。
お爺さんに迷惑をかけているのはわかっている。
何か、少しでも返せればいんだけど……
そんなある日、お爺さんは数匹の鶏を連れてきた。
曰く、
「ヒヨコじゃと思うておったら、かえっちまうたんじゃ。ウチでは世話がでけんのう。坊主、育ててくれんかねぇ?」
とのことだった。
もちろん、お世話になっているお爺さんの頼みだ、断ることなどしない。
今考えると、きっとお爺さんは僕のことを心配してくれていたんだろう。
少しでも社会復帰できるようにと、僕に仕事を与えてくれたんだ。
少しずつだけど、お爺さんに教わって鶏のお世話を頑張った。
鶏小屋を作ったり、餌を与えたり、卵を拾ったり。
鶏の世話をしていると、少しずつ、心が落ち着いていくような気がした。
やはり、生き物との交流は大事だ。
それに、鶏だったらバグなんか発生しないだろうし、あの時みたいな恐怖を味わうことはない。
そう思っていた。
ある日、鶏小屋に行くと、鶏が一羽、座り込んでいた。
こういう時はたまにあるので、特に気にせず、それ以外のところを掃除することにした。
その日はそれで終わった。
だが、次の日、鶏小屋に行くと、また鶏が一羽、座り込んでいた。
昨日と同じ鶏だ。
その鶏は、僕が近づいても身動き一つしない。
どうしたんだろう?
そう思って手を伸ばすと、
「こ こ っ こ」
鶏がとてもゆっくり鳴いた。
耳を疑った、しかし、間違いなかった。
その鶏にはバグが発生していた。
どうして?
バグは人にだけしか発生しなかったはずじゃ?
このバグは間違いなく、両親や灯里のものと同じだ。
でも、今までに動物にかかったなんて話は聞いたことがない。
ひょっとしてバグがまた進化したのか?
「こ こ っ こ」
鶏がまた鳴いた。
僕は反射的に、近くにあったナタを手にとって……
その日、鶏が一匹減った。
何もなかったことにして、次の日からも鶏の世話を続けた。
しかし、数日後、また鶏が一羽、座り込んでいた。
鶏がまた一匹減った。
鶏小屋に入るのが怖くなった。
どうして僕の身近でこんなことが起きるんだ。
「えっ……」
僕の身近で?
そうだ、僕の身近なんだ。
ニュースでも少なくとも、バグが発生していたのは、僕の住んでいる地域だけだった。
それなのに、田舎に来たら、鶏にバグが発生した。
その原因は……
「あぁ、そうか、わかった」
僕は鶏小屋に入り、ナタを手に取った。
「バグの原因はここにあったんだな」
僕は極めて冷静だった。
そういえば、父さんが言ってたな。
「バグの対処する時は、思い込みを捨てて、冷静になるべく早く対処すること」
そして、僕はそのバグを冷静に対処したのだった。
「……ニュースです。S県N市で発生していた、人が急に遅くなり、最終的に動かなくなるというフリーズバグですが、昨日デバッガーが原因の究明に成功、対処を開始いたしました。バグが発生していた人も次々と元に戻り、元気に元の生活へと戻っていくことが確認されています」
「これは良い知らせじゃあな。坊主にも早く知らせねとな」
この世界にはバグがある 猫月九日 @CatFall68
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