第六章 第八節 なんて……、温かいのだろう

「良かったわ。あそこの所長は、学ぶ意欲のある子が好きだから、メルツちゃんは歓迎されると思ったのよ」

 アウローラのその言葉で、こうなることを見越して教えてくれた、ということがわかった。

「あの、本当にありがとうございます! アウローラさんのおかげです!」

「……それは違うわ。これは、メルツちゃんが自分の力で得た結果よ。私は、そういうところがある、という話はしたけれど、実際に行動したのはメルツちゃん自身。所属できたのも、その仕事を紹介してもらえたのも、あなた自身の力。……そうね、こういうときはこの言葉ね。――就職おめでとう」

 彼女の言葉に、感極まって、また泣きそうになる。

(アウローラさんは、あたしの涙腺を刺激するのが得意すぎるわ)

 大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。

 誰かに祝ってもらえたのは、もしかすると、人生で初めてかもしれない。

 なんて……、温かいのだろう。

 孤児院を出てから、嬉しいことでいっぱいだ。

「そうだわ! 就職祝いに、うーさんにもう少しデザートを作ってもらいましょう。――うーさん、あと何点か、デザートの追加って、お願いできるかしら?」

「わかりました。お祝いに相応しい物を用意しますね」

 メルツが気持ちを落ち着けている間に、二人の会話が進み、気づけばデザートの追加が決定していた。

「ま、待ってください、申し訳ないですっ」

「ふふっ。遠慮することはないわ」

「いえ、それに、他のお客さんの分とか……ってあれ?」

 慌てて、きょろきょろと店内を見回す。

 そこに、アウローラとオーンドカルム、メルツ以外の人間はいない。

 ――メルツが来てからそれなりに時間が経っているが、そういえば、その間に新たなお客さんが誰も来ていない。

 先日は、店を閉めた後、という話だったが、今日は違う。……貸切であれば、どこかにそういったことが書かれていそうだが、そういった物も見当たらない。庭を見せてもらった際も同様だ。

 ……これは、所謂『閑古鳥が鳴いている』という状態なのではないか。

(な、なんで⁉ こんなに素敵なお店に、人が全く来ないなんて、あり得ないわよね⁉ どういうこと!)

 素敵な庭、建物、内装。

 美人すぎるオーナーと色気たっぷりのマスター。

 そして、最高に美味しい食事。

 人が来ない理由がない。むしろ、大行列ができていてもおかしくない。

(こ、これは、勇気を出して聞いてみるしかないわ。もしかすると、今こそ恩返しのときなのかも!)

 メルツにできることなら何でもする、このお店の素晴らしさを広めなければ、と、ふつふつと使命感が湧いてくる。

 ――軽く息を整え、緊張しながらも、口を開く。

「あの、失礼なことだとわかってはいるんですけれど、その……、あんまりお客さんが入っていないように見えて……。もし、何か手伝えることがあれば……」

 慎重に、アウローラの反応を見ながら話す。

 ……怒ってはいないようだが、なんだか、不思議そうな顔をしている気がする。

(あたし、そんなに不思議なことを言った……?)

 話した内容を振り返るが、全く思い当たらない。

 メルツが首を捻っていると、アウローラの表情が何かに思い至ったようなものに変化した。

「気にかけてくれてありがとう。でも、大丈夫よ。カフェは、細々とやっているの」

「……細々?」

 細々、というレベルではないような気もするが……。

「ええ。心配をかけてしまってごめんなさいね」

「いえ、大丈夫なら……いいんです」

 そう口にしつつも、大丈夫な感じがしない。

 やはり、お節介かもしれないが、メルツのできる範囲で宣伝すべきだろうか。だが、どうやって……。

 そう宣伝について思考を巡らせていると。

「……そうね。もし、お手伝いをしてくれるのなら、こちらをお願いしようかしら」

 と言って、彼女は、一枚の小さな紙をローテーブルの上に置いた。

「名刺……?」

「ええ、そうよ。カフェのことよりも、こちらを宣伝してもらえた方が、私たちは助かるわ」

 そしてアウローラは、少し茶目っ気のある笑顔でこう言った。


「お仕事や人生に悩んだときはキャリアコンサルタントまで。一緒に解決できるように考えましょう」

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あたしとキャリアコンサルタントと広がる世界 はねくじら @hanekujira11

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