第27話 決着

 第二戦は浪子ロウシから伏せる番だ。


(わたしが最も採りやすい選択は……白卵かな)

 それに対して彼はどうするだろう。

(一番あり得るのは、白卵を出すこと)


 そうしたら三戦目は、

  水珠スイジュ――白蛇 黒蛇 黒卵

  浪子――鶏 黒卵 黒蛇

 という状況。


(これは、あまり良くない。もしも、互いに蛇と卵を喰い合ったら、最後に残るのは鶏と蛇だ)


 その場合は引き分け。仕切り直しての延長戦となる。

 相手がイカサマ頼りの凡庸な博徒なら、それでも勝ち目はあると思えるが……。


(時を掛ければ掛けるほど、読みは深化する。こっちの癖も把握される。だよね、白銀君ハクギンクンさま)


 ともすれば、浪子の狙いは、それかもしれないという思いも強くなってくる。


(つまり、あの伏せ札は白卵――と、わたしが考えることを読んでの鶏? 他の選択肢は……)


 時間いっぱいまで使って水珠は伏せた。

 今回は手で隠しはしない。先に浪子が伏せるのだから、その必要はない。


結構ケッコー。では、開かせていただきましょう」


 緊張の二戦目。

 その結果は、


「コココッ! 引き分け! 水珠様、白卵に対し、我が主も白卵でございました!」


 水珠は唇を噛む。鶏を警戒し過ぎた。

(こういうところが、やっぱり、わたしは素人だ。安全に流れた)


 細く、長く、息を吐く。

 そして大きく肺を膨らませる。


(わたしの残り手札は白蛇、黒蛇、黒卵か)

 対する浪子の手札は鶏、黒卵、黒蛇だ。


(向こうから見たら、こっちは蛇が二枚。鶏を切りやすい場面ではあるよね)


 だからこそ、水珠は黒卵を出す、と読んでいるかもしれない。

 早くも浪子は黒蛇を出すと心に決めているかもしれない。


(さっき、わたしは安全に流れた……ここで黒卵を出すのも、安全に流れた、と言えないかな?)


 白銀君の言葉を思い出す。

『相手をよく見ることです。相手を、本来より大きく見ても、小さく見ても、勝てませんよ』


 浪子のほうは、どうだろうか。

(彼から見たわたしは、安全に流れ続ける子? それとも)


 残り五秒。


 水珠は札を伏せた。

 もちろん、手は、そのときが来るまで離さない。


 そして浪子も、時間いっぱい使って伏せた。


結構ケッコー。それでは、水珠様、手を退けてください」


 すると明らかに、浪子の顔色が変わった。

 目を見開き、札を凝視する。


「なぜ」


 確かに、そう呟くのが聞こえた。

 ここぞとばかりに水珠は、己を大きく見せん。


「貴方が弱いからよ。だから、家から逃げたんでしょう?」

「う、うるさい! 小娘になにがわかる!」


 水珠は思ったのだ。

 浪子から見た自分は、小賢しくて大胆な小娘なのではないか、と。


が安全に流れたとしたら、それは次への布石)


 だが、事実は違う。ただ安全に流れただけだ。

 ゆえに水珠は、再び、安全なほうへと流れてみせたのだ。


(こいつは、わたしなんかを恐れ過ぎた。ただ一度、してやられただけで)


 鶏頭が札をめくる。

 水珠のそれは、黒卵。

 そして浪子は鶏だった。


 これでもう、水珠は安全に二枚の蛇を出せる。

 浪子だけが一方的に、危険を背負わなくてはならない。


(そして……素人を相手にイカサマ頼りで勝ち続けてきたこいつに、この読み合いは出来ない。素人のわたしを、格上と見てしまったこいつに、勝ち目はない)


 これ以上、続けたところで、水珠の一勝四引分になるか、二勝三引分になるか、それだけの違いしかないのだ。


「コココッ! 結構ケッコー! 勝者は――水珠様でございます!」


 自らの主が敗けた瞬間、異形は高らかにそう宣言した。

 そのことに浪子は憤慨し、立ち上がる。


「ふ、ふざけるな! お前は、僕の能力ものだろう!?」


「はい。そして絶対中立でございます。よもや、冗談と思われましたか? ワタクシは賭場を取り仕切り、代償を取り立てる。そのために産まれた存在だと、再三、言っているというのに」


「だったら取り立てろ! 勝ったのは、この僕だ! この小娘から」


 その先を彼が口にすることは出来なかった。

 いや、口は何度も開いて閉じてを繰り返してはいるのだが、言葉が出てこないのだ。


「我が主ながら見苦しい。少し黙っていてください。すぐに終わりますので」


 そう言っているうちから、鶏頭人身の腹は膨らんでいった。

 水珠は、ただならぬ気配に彼から距離を取る。


「コココ。心配せずとも結構ケッコー。これまで取り立てたものを、お返しするだけのこと。そして、水珠様のご希望通り、二度と我が主がワタクシを使えぬよう、ワタクシが消えるというだけのこと。結構ケッコー結構ケッコー。コケコッコー!」


 その言葉を最後に、異形の取り立て人は爆ぜた。

 それは光の粒子となって部屋から飛び出していく。

 あるべきところに帰ったのだ。


 ホッと胸を撫でおろすと、懐から、もぞもぞとした感触。

「お嬢! お疲れさまでした!」


 顔を出した白鼬シンシンに、水珠は笑った。

「そういえば、いたんだ。ごめん、ずっと忘れてたよ」


「ま! でも無理もありません。集中していたんでしょう。ええ、気にしていませんとも」

心心シンシンが大人しくしていてくれてたおかげだよ」


 さて、と。水珠は浪子に目を遣る。

 彼は机に突っ伏し、肩を震わせていた。


 白鼬シンシンが懐から見上げて問う。

「どうなさるんです?」


「どうもしないよ」

 これから、全ての記憶が戻った町の人たちが、この男にどんな報いを受けさせようとも。


 彼にはなにもできない。

 それどころか、逃げようとしても、逃げるなと言われれば逃げないし、抵抗するなと言われれば抵抗しない。

 あの鶏頭の最後の取り立てが、ちゃんと実行されているのなら、そういうことになる。

 この男は、死ぬまで、誰の言うことにも逆らえないのだ。


「だから、わたしのすべきことはした」

「です、ね。お嬢、本当にお疲れさまでした」


 水珠は部屋を出る前に、壮からの言伝があったのを思い出した。


紙牌シハイ浪子ロウシ


 彼はビクッと肩を震わせた。

 顔を上げようとはしないが、構わない。


「素直に、ボコられておけば良かったね?」


 それだけ伝えて部屋を出ると、人とも獣とも知れぬ慟哭が、背後から聞こえたのだった。


 そして外からも、怒号の近づいてくる気配がする。

 巻き込まれたくない彼女は、庭から外に逃げ出した。


 ヂワンと合流したらば、例の奥さんが家に帰るのを見届け、すぐに町を発とう。

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