第26話 鶏夫妻

 【ヂィ夫妻フゥチィ】に用いるのは、

  [黒い卵]

  [白い卵]

  [黒い蛇]

  [白い卵]

  [鶏夫妻(黒い雄鶏と白い牝鶏)]

 以上、五種十枚の絵札である。


 進行は至って単純。

 両者は、これらの中から一枚を選び、場に伏せた後、開く。


 絵札には相性がある。


 すなわち、

  [白い蛇は白い卵に勝つ]

  [黒い蛇は黒い卵に勝つ]

  [鶏夫妻は蛇に勝つ]

「コココ。これ以外の組み合わせは引き分けとなっております」


 札が尽きるまで――つまり全五戦の末に、より多く勝っていたほうが勝者となる。


 五枚の札が配られる。

「重複がないか、ご確認ください」


 水珠スイジュは、良い絵だと思った。

 もっと簡素なものかと思いきや、細かい部分まで描かれており、今にも飛び出してきそうな、生き生きとした筆遣いだ。

 絵の被りは、もちろん、なかった。


 次いで裏面も確認。

 それとなく印をつけておく――ガンという手口は最も手軽なイカサマだ。


 温かみのある茶黄色の背面は、すべすべとしていて傷はなし。

 手に吸いつくような手触りで、竹の目には雅な趣ある。

 少し斜めから見てみる。印は見えない。明かりに透ける様子もない。


 ただ、

(……竹、か。これなら)


 一つ一つ異なる模様。

 これを記憶しておけば、ガンの代わりになりそうだ。


(いや、でも……他のも竹製だったんだよね)


 ここにある遊戯は百に近いという。事実、箱はそのくらいあった。

 その全ての札が竹製で、その竹の目を全て、覚えておくなんてことが出来るだろうか。


(自分でつけたガンだったら、ある程度、その印に札の内容を含ませておけば、覚える必要はない。けど、この天然の印を何百、何千っていうのは難しい気がする)


 それともガン以外のイカサマか。

 あるいは、イカサマなどしていないのか。

 後者の可能性については、水珠は否定的だった。


(勝ち続ける男、紙牌シハイ浪子ロウシ――そんなことは天地がひっくり返るくらいにありえない)


 イカサマはある。

 水珠はそう確信していた。


「……ねえ、これはただの興味なんだけれど」

「なに?」

「ここの遊戯って、貴方が作ったの?」

「札のことなら、僕が職人に作らせたものだ」


「ふーん」

 ならば製造時点で、相手に全く気付かれぬような印を仕込むことは充分に可能か。


「遊戯そのものは、まあ、色々だね。西洋生まれのものもあるし、どこかの賭場で見たもの、そして僕の創作もある」

「へえ。真面目に、そういうことだけして生きていれば、これから後悔せずに済んだのに」

「口だけは達者なようだね、花剣道士というのは」


 次いで水珠は、机の向きを変えるように進言した。

 今のままでは背中が戸口に向いている。

 その隙間から誰かが手札を覗き、合図を送るなんてことがあるかもしれない。


(もっとも、体で隠してしまえば良いだけなんだけど……イカサマに対してまるで意識をしていない、わけではないということを示せれば良い。多少は牽制になる、はず)


 もちろん、そんなことで勝てるようになるのなら、浪子もここまで増長はしなかったろうが。


「コココ。では席を交換してください」


 移りながら水珠は、それにしても、と密かに溜息。

(賽だったら簡単だったのになぁ。好きな目が出せるし)


 白銀君も若い時分には旅をし、路銀を得るため賭場に出入りすることもあったという。その際に磨いた技術を彼女は受け継いだのだ。


(まあ、札でも使える技は、ある。大丈夫。わたしは、勝つ)


 鶏頭が嘴を開く。

「よろしいですかな? ……結構ケッコー。引き分けの場合は再勝負とさせていただきます」


 また、

「この遊戯の肝は、読み合いにあると言えるでしょう。ゆえに、手札を見ぬまま適当に選ぶ、というような行いは禁止させていただきます」


 頷く二人。

 それでは、と鶏頭がけたたましい鳴き声をあげた。


「第一戦を開始いたします。先手は挑戦者、水珠様からどうぞ伏せてください」


 水珠は手札を眺める。

 まず鶏夫妻――二種の蛇に勝ち、敗けることなき札。最強と言えよう。

 だが一枚しかない。


 仮に黒卵にぶつけてしまい、引き分けで終わってしまったとしよう。

(わたしの残り手札は、白卵、白蛇、黒卵、黒蛇になる)

 対する相手の手札は、白蛇、白卵、黒蛇、鶏。


(このとき、わたしが確実に勝てる組み合わせは)

 自分の白蛇で、相手の白卵を食らう。

(この一つだけになっちゃう)


 一方で相手は、

(……白蛇に白卵、黒蛇に黒卵、鶏に白蛇、鶏に黒蛇……四つの勝ち筋)

 しかも、蛇を全く危ぶむことなく出せるようになるのだ。


(圧倒的不利! これだけは避けなくっちゃ)

 現に昨日、宿で壮たちを相手にやったときは、それで何度か敗けてしまった。


(鶏の次に強いのが蛇だ。初手なら一勝一敗三引き分けが望める。けど、引き分けの中でも、異色の卵に当たると良くない。そうなったら、こっちの異色蛇の勝ち目がなくなっちゃう)

 対して相手の残り卵は、絶対安全の札に様変わり。


(卵は最弱の札だ。どれにも勝てない。最初に切りたいところではある)

 その心理を見抜かれ、相手が蛇を出すとしても、白か黒かの二択。


(そう、そこまでは流石に読めないはず。敗けは怖いけど、引き分けにできたら、二戦目以降、有利に立てるし……分の悪い賭けでは、ないはず)


 が、しかし、それは平、イカサマなしの勝負での話。


(……この一戦目、無策で伏せるのは、良くないな)


 鶏頭が言った。

「水珠様、残り六十秒でございます」


 百八十秒。それが選択に使える時間だ。

 正確に数えているのか、怪しくはあるが。


目印ガン……これに賭ける。見えないけれど、あるものとする。ならば)


 水珠を手札から一枚を選ぶと、裏面を手で隠すようにしながら伏せた。

 そのまま手を離さない。


 ほんの僅かに、浪子の、薄ら笑い浮かべる口元に変化があった……気がした。

 気のせいかもしれない。わからない。


 水珠は鶏頭をちらと見た。

「別に、駄目じゃないでしょ?」


 彼は「結構ケッコー」と頷く。

「両者、伏せ終えるまでは、全く問題ございません」


 浪子が長考に入った。


「残り――三十秒です」

 奇しくも同時間を思考に費やし、伏せると、言った。


「白卵、だろ?」


 水珠はごくりと喉を鳴らす。もうずっと乾いていた。

 心臓も、彼に聞こえてしまうのではないかと思うほど、高鳴っていた。


「さあ、どうかな」

 答える声は、震えていただろうか。


「ま、お互い、もう変えることはできない」


 鶏頭が言った。

結構ケッコー。さ、水珠様もお手を離してください」


 その通りにした、瞬間、目の前の男が顔色を変えたのを、水珠は見逃さなかった。

 浪子の視線が水珠の手札へ移る。


 水珠は、そのうちの一枚を指差す。

 それが白卵だ。


 やったことは実に単純。

 二枚を重ねて伏せ、最後に上の一枚を回収するだけ。


 思った通り、彼は目敏い男だった。

 選出の時点で、見抜こうとしてくれた。


(これで間違いない! こいつのイカサマはガンだ)


 水珠が本当に伏せたのは鶏だった。

 それで浪子の白蛇を見事、食らってやったのだ。


(この勝利は大きい! ……で、わたしの残り手札は白蛇、黒蛇、白卵、黒卵か)

 対する浪子の手札は鶏、白卵、黒卵、黒蛇。


 その彼は、もう全く薄ら笑いを浮かべていなかった。

 一勝こそ上げたものの、油断は禁物。


(ここからは読み合い。この点で言えば、わたしは玄人じゃない)

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