第25話 水珠の番
「お嬢、出てきましたよ!」
肩の
屋敷周りの無気力な人たちに食事などを与えようとしながら――そのほとんどは徒労に終わってしまったが――待つこと、小一時間。
意外にも早い帰還だった。
駆け寄る水珠は、あれ、と思う。
違和感。その正体は、彼の次の一言でわかった。
「悪い。敗けたわ」
「あっ! 花剣がない!」
水珠が唖然とする一方、
「かぁ~っ!
懐の
「全くじゃ。こんな情けない道士より、可愛い雌の道士とお供したいのォ」
深刻さはまるで感じられない。
「まっ、水珠が勝てばなんの問題もねえだろ」
「か、簡単に言ってくれますね……」
「そりゃそうさ。ここじゃあ、花剣も術も使えねえ」
彼から相手の能力について聞かされ、水珠は眉を八の字にした。
「壮さんの言った通りになったわけですか」
「思った以上に
「ですね。聞いている限り、その力の肝は鶏頭なわけですし。場所は関係ないと思います」
「賭けに勝って吐き出させるしかねえ。やっぱり、お前を後回しにして正解だった」
最も決闘に秀でる、
最も術の発動が早く精密な、
最も回復術に秀でる、
そして
その中には賭場で使えるものもある、とは言え、だ。
「正攻法で、相手の土俵でやらなきゃなんないってのは、結構な重圧ですね」
「だが、やるしかねえ。相手が相手だからな」
水珠は屋敷の周囲で辛うじてまだ生きてはいる人たちを見た。
町中の浮浪者、そして、家に帰ることのできなくなったあの奥さんを思い出す。
彼ら、彼女らのためにも、
「必ず勝ちますよ」
小さな相棒が肩で「その意気です!」と勇気づけてくれた。
「そんじゃ、水珠。教えるぜ、俺がどんな勝負をしてきたのかを、な」
◇
翌朝。日が昇るとすぐに、水珠は紙牌浪子の屋敷にやって来た。
使用人の案内で通された部屋は、壮から聞いていた通り。
男が薄ら笑いを浮かべて、言った。
「はじめまして。なんて呼べばいいかな?」
「水珠。お前から、全てを取り戻しに来た」
「ほう」
紙牌浪子の眉が上がった。
「昨日の今日だ。きみも花剣道士というやつかな?」
それには答えず、水珠は一歩、また一歩と卓に歩み寄る。
「お前は、なにがしたいの? 人から記憶を奪って、それが、なんなの?」
彼は、ぽかんとした顔の後、ぷっと吹き出した。
「なにがおかしい!」
「おかしいさ。まるで僕が悪いかのように」
「そうでしょう!? 確かに、欲に目が眩んだのかもしれない! だけど」
「僕はちゃあんと事前に説明をしている。得られるものはもちろん、失うものもね。それでも、皆、帰らないんだ。いや、一人か二人くらいは、やっぱり……ってのもいたかな。賢明だね」
そこでまた、彼は、ふっと笑った。
薄ら笑いを浮かべながら、紙牌浪子は言ったのだ。
「賢くは生きられない人たちが、最後の最後、涙ながらに札を切る様! あれほど、おかしなものはないよ。何度見ても飽きない、うん。……ふふ。はははっ!」
水珠の奥歯が軋んだ。
彼女は搾り出すようにして、
「お前だって、人の胎から産まれたんじゃないのか!」
「なに言ってんの? そりゃあ、人は皆、そうでしょ」
「いいや、お前は人間じゃない」
「は?」
彼は心底、なにを言ってるんだこいつは、と言いたげな目だった。
「今も外には、食うこともせず、厠にも行かず、死んだように生きている人たちがいる。そのまま死ぬ人たちがいる。ある家では、愛する奥さんを追い出したことにも気付いていない夫がいる。その病気の子供は! どうして母は帰って来ないんだって! 父はなぜ、母はいないと言うのかって!」
きっと、わけがわらず泣いている。
「そんなこともわからない、お前は、人間じゃない」
水珠は勢いよく椅子を引いて勝負の席についた。
「紙牌浪子――全てを返すと言うなら、今、このときが最後だよ」
彼は、やれやれ、と呆れたように肩をすくめる。
「やる前から熱くなっちゃって……こりゃ昨日の彼より、つまらない勝負になるな」
すると机の下から、
「
という言葉と共に、白黒の鶏頭人身がぬるりと現れた。
「水珠様におかれましては、ワタクシの説明は不要のようですね」
「うん。本当に中立ならね」
「
それで、と異形は言う。
「勝負内容はお決まりになっておられますかな?」
浪子に促されるまま、水珠は無数の箱の収まる棚を見せてもらう。
いくつかの箱を開けて、閉めてを繰り返し、最後にそれを手に取った。
「コココ。ご希望は【
昨日、壮が挑み、敗けた遊戯だ。
「説明はいりますかな?」
「一応、してもらおうかな」
「
いわく、賭けの代償について。
「水珠様がお求めになりまするは、我が主がこれまでに取り立てたもの全て。では、水珠様の差し出すものは」
「わたしの全て」
被せるように水珠は言った。
「コケ! よろしいのですか? 貴女様のお考えになる以上に、全て、というのは重い。記憶、肉体、精神! 過去、現在、未来! 貴女様の大切に思う人! ありとあらゆるから貴女様を徹底的に取り立てることになります」
それすなわち、この世界に存在した痕跡をことごとく消し去るということ。
水珠の脳裏に浮かんだのは、もちろん、
これに敗ければ、彼女からも、自分のいた記憶が失われてしまう。
なるほど、確かにそれは、全てと言うに相応しい。
「いいよ。勝つのは、わたしだから」
鶏頭は目を細めて嘴を鳴らした。心底、愉快そうに
「コケッココ……となりますと、むしろ我が主こそ賭け金が足りぬやも。それでも構いませんかな?」
「じゃあ」
と、水珠のほうから提案。
「能力も賭けて。二度と、こんなことが出来ないように」
「
「そう」
少し考えて
「じゃあ、今後、誰の言うことにも逆らえないようにして」
「結構! さて、我が主……如何なさいますかな? この勝負、受けますかな?」
それとも、水珠の賭け金を減らしてもらうか。
「わたしは減らしてあげてもいいけど、その場合、いくつか条件をつけてもらうよ」
彼は、やはり余裕たっぷりの表情で答えた。
「遊戯の説明をしてあげて。どうせ勝つのは僕だけど。これまでも、これからも」
「
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