第24話 紙牌浪子
門の傍に使用人がおり、勝負したい旨を伝えると難なく通された。
内には他の使用人の姿もあったが、それにしても屋敷の広さからは、とても少なく見える。
彼ら彼女らも憔悴した様子だった。
勝負に敗けたことで、働かされているのかもしれない。
静かだった。町も静かなものだったが、それとは違う。
生気がないのではない。なにかが、潜んでいる。
そんな静けさだと、
やがて使用人が、ある部屋の前で止まった。
「こちらにございます。では、私はこれで」
懐の内側で
「カカ。随分と奥にいるのォ」
「こういうことをする輩というのは、奥まったところで、どんと偉そうに構えているものよ。さも、この世の支配者かのように、ふんぞり返ってな」
そう言って鼻で笑う壮。
「わかってねえのさ。たとえ仙人だって、死ぬまで殴られりゃあ、死ぬっつーことをよ」
「カカ。その死ぬまで殴るのが、難しいっちゅうのはあるがのォ」
壮は両引き戸に手をかけ、勢いよく左右に開いた。
「邪魔するぜ」
一対一の、賭け事をするだけの部屋だからか、あまり広くはない。
中央には机があり、その向こう側に男が椅子に深く腰掛けていた。
小柄で細身。歳は三十代くらいか。目に掛かる前髪には、白髪が混じっている。
薄ら笑いと相まって余裕たっぷりといった風情。
壮に言わせれば、そう、今から自分が死ぬなどとは、夢にも思っていなさそうな。
その背後の棚には、これ見よがしに金の延べ棒が積み上げられている。
(こいつが賭場の主――通称、
札を用いた遊戯を好み、各地の賭場に入り浸っては金を溶かす放蕩息子。
この家の次男で、長男のほうは出来が良いんだが……と近所の者は苦笑していた。
その彼が、久しぶりに実家に帰ってきて以来、家族の姿は見えなくなったという。
そして、この賭場が開かれた。
(本当に術師か? あんまり、そういう気配じゃねえな。他にいるのか?)
もしも、いるのなら懐の小猿に反応があっても良いはず。
紙牌浪子が乾燥した唇を開いた。
「きみは初めてだね。なんて、お呼びすれば良いかな?」
「
答えて机にゆっくり近づいていく。
「きみは、なにが欲しいんだい?」
「大したもんじゃねえさ」
椅子を引くと見せ、
「咲き渡れ! 雷霆突棘拳・黄寿丹!」
変化させた花剣から雷を放たん。
が、拳の棘からはなにも出ては来なかった。
紙牌浪子は相変わらず、余裕の表情。
「だったら!」
壮は机に飛び乗り、更なる跳躍。
身を捻るようにして、爪先を男の脳天に叩き込む。
そうだ、間違いなく直撃した。
相手は避けることさえ出来なかった。
だというのに、
「――で、なにが欲しいんだい?」
紙牌浪子は攻撃などなかったかのように、そう言葉を繰り返した。
(チッ!
門前で危惧していたように、やはりここでは、力によって従わせることができないらしい。壮にとっては相性最悪と言うほかない。
ふと、その肩に、何者かが手を置いた。
背筋が凍った。その瞬間まで気配はなにもなかったのだ。
壮はすかさず振り解いて、新手に向き直る。
それは――左右に白と黒、二色の衣をまとい、二つの白と黒のトサカを持つ鶏頭人身だった。
異形が「ココ」と笑って、恭しく
「お初にお目にかかります、雷様。ワタクシ、ここでの勝負を取り仕切っております。名は、特にありません。お好きにお呼びください」
壮はちらと浪子を見る。
「こいつは、お前が使役する鬼神か?」
「まあ、そんなものなのかな。卵から孵ったものだけれど」
「卵? ふーん」
鶏の異形がゆえの冗談だろう。
壮はそう思い、それ以上は問わなかった。
鶏頭が言った。
「雷様におかれましては信じられぬことと存じ上げますが、ワタクシ、絶対中立にございます。それで、いかがなさいますか? 勝負なさいますか? なさいませんか?」
「帰るっつー選択肢も、あるにはあるんだな?」
浪子が頷く。
「もちろん。ここは賭場だ。賭けるも賭けぬも自由」
そして――と、壮は鼻を鳴らす。
「暴力では、結果を左右できないってわけだ。賭場の主を除いて」
「コココ。たとえ天であっても、でございます。何人も出目を変えることまかり通らぬ。その不文律こそが、賭場を、賭場足らしめるのでございます。親が敗け込んだからと、難癖つける賭場も、世にはあるようですがね」
浪子が苦笑い。
「僕もそういう経験がある。だから、彼を得たことはなによりも幸運だったよ」
壮は鉄拳を黄色い花に戻して問うた。
「で? 勝負方法は? もっとも、札を使った勝負しかしないとは聞いているがな」
「僕はいつも、相手に選んでもらっている」
そう言って彼は背後の棚の戸を引いた。
中には大小、様々な箱がある。
「ざっと百はあるかな。さ、雷氏、慎重に選ぶと良い。きみの命運を左右する、最初の選択だ」
無造作に一つ、選んだ。
「いいのかい? 随分と早いけど。あ、知っているものがあったかな?」
「さてな」
それを鶏頭に渡し、着席したところで、
「コココ。では、雷様。貴方は勝ったとき、なにを求めますかな」
「こいつが、この町に来てから、賭けで取り立てたもの。その全てを、だ」
「では、なにをお賭けになりますかな?」
「へえ。一応、記憶以外でも良いのか?」
「もちろん、ありますれば……何故か皆さま、なにも持たずに来られるのですよねえ」
白々しい。
内心で毒づき、壮は胸元の花を指差した。
「さっき見てもらった通り、こいつは神秘の力を秘めている。我が師、
「
鶏頭は嬉しそうに笑った。
「それならば、つり合いましょう。このつり合わせが、いつも、すぐには決まらないのですが」
紙牌浪子を見れば、相も変わらず薄気味悪く、笑っている。
「敗けても諦める必要はないよ。また来ると良い。何度でも、何度でも」
――その記憶の尽きるまで。
壮も答えていわく、
「終わったとき、テメェは必ず、こう思うさ。素直にボコられておけば良かった、ってな」
――その記憶に後悔を刻んでやらぁ。
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