第19話 既確認飛行物体

 それと同時に五体の蝙蝠人間が崖下より飛び上がってきた。

 彼らは胸に密着させていた掌を、道士たちに向けていた。


 そこには、ぎょろり、と目玉らしきものが一つ、ついていた。


 目玉がビカッと光った瞬間、赤き光線が放たれる。

 それは水珠たちが直前までいた地面に灼熱の穴を開けた。

 穴の周りはドロドロの溶岩めいていた。


(これだ! この光線が、あの、血の流れないバラバラ死体を作ったんだ! もしも撤退が、あと数瞬でも遅れていたら……)


 水珠スイジュは背筋を震わせながら、大仁ダーレンに感謝した。


 翼を持つ異形に、道士たちが両脚で対抗しなくてはならない道理はない。

 地面すれすれ低空飛行。向こうのほうが、やや速いか。


 蝙蝠人間が両手を構えた。


 光線を放たれる前に、水珠は「しっ!」と鋭い掛け声。

 たちまち後方に霧が満ちる。


 お構いなしに乱射される赤き光線。

 そのうちの一つが、水珠の花剣に直撃した。


「うわっ!?」

「水珠!?」

「だ、だいじょぶ! ピカピカ!」

 流石、花剣だ。なんともない。


 霧の中から蝙蝠人間が姿を現す。


 水珠が再び霧を出さんとしたところ、大仁が言った。

「耳を塞げ!」


 言われた通りにした瞬間、彼の口から尋常ならざる金切り声が放たれた。

 それは、すぐ隣にいた水珠に、己が皮膚の震えるのを感じさせるほどだった。


 すると、どうだろう。

 蝙蝠人間たちが明らかに怯み、中には洞窟の壁にぶつかるものもいた。


「だ、大仁くん、今のは?」

「声を遠くまで届ける術と、いろんなものを増やす術の併用」

「いろんなもの?」

「ああ、なんでもじゃあない。とにかく、今のうちに」

「うん。行こっ!」


 念のために、霧の目隠しを張りつつ、採掘場もさっさと抜けて外へと脱出した。

 瞬間、顔を水滴に激しく打ち付けられる。

 いつの間にやら大雨になっていたらしい。


 月も星もまるで見えない、暗黒の、冷たい世界。


 夜目の術で視界を確保し、とにかく、その場を離れることにする。

 が、蝙蝠人間はまだ諦めていなかった。


 新たに三匹。その速さは、先の五匹とは比べものにならない。

 どんどん間隔を詰めてくる。飛ぶことが当たり前の存在と、飛び始めてまだ数年の存在との格の差が見せつけられているようだった。


 大仁が、らしくない舌打ち。


「精鋭でも出してきたか!?」

「声は!?」

「広すぎる! 間近なら良し!」

「だったら!」

「ああ!」


 ふたりは立ち止まり、霊剣を構えた。


「迎え撃つしか、ない!」


 水珠にとっては、これこそ初めての実戦と言えよう。

 かの化け物の両手は、己の命を一瞬で奪いうる必殺の兵器。


 恐ろしくないと言えば、嘘になる。

 だが、それで良いのだと師も言っていた。


『己を過信するより良いでしょう。相手を侮るより良いでしょう。何事も冷静に見るのです』


(そうだ、冷静に、冷静に……)


『それで勝てると思ったのなら、貴女は勝ちます。そうであるように鍛えているつもりです』


(必殺なのは向こうだけじゃない。花剣がある。教わった術がある!)


 三匹の異形が、両の掌を――その中心でぎょろめく目玉を、向けてきた。

 瞬間、水珠は「疾!」と水の壁を空中に出現させる。


 すると三匹はすかさず散った。右に、左に、上。

 大仁が水の球を上に放って牽制しつつ左へ向かう。

 上のやつは、そのまま大仁に狙いを定めたようだ。


 ならば、と水珠は右に向けて水の壁を複数設置、加えて霧の幕も張って少しでも接近を遅らせん。


 大仁の、例の絶叫が聞こえた。

 見れば一匹、落ちていく。


 しかし、もう一匹が背後に。


「させるかぁっ!」

 水珠は迫りながら水の球を乱射。


 避けた蝙蝠人間に大仁が声撃し、怯んだところで翼を斬り飛ばす。


「あと、一匹!」

 水珠は振り返る。敵の姿はいずこにか。


 大仁が叫んだ。

「下!」


 反射的に水壁を展開するや否や、水の蒸発するジュッという音。

 それを合図に飛び出し、ふたりで水の球を撃ちまくる。


 蝙蝠人間はそれを素早く躱しながら、下降していく。


 大仁が荒々しく吐息を漏らす。

 それには安堵が含まれていた。


「流石に、不利と見たようだね」

「うん。今のうちに」

「ああ、崑崙に帰ろう」


 水珠はその前に、なんとなしに洞窟のあった山を一瞥した。


「――大仁くん! 山が!」

 頭頂部の木々が揺れ、沈むようにして倒れていく。

 地滑りだ。連日の雨により地盤が緩んでいたのか。


 たちどころに山は欠けて、きっと洞窟の入口も地に埋まってしまったことだろう。

 中の人――蝙蝠人間はともかく、採掘に従事していた人間たちが心配だ。


 と思っていたら、山の上空に突如として、銀色の球体が現れた。

 地下で見た、あの銀球だ。


 それが眩い光を発する。

 一瞬の後、空にはなにも残っていなかった。


 銀色の球体は、ふたりの前から忽然と、姿を消してしまったのだ。



     ◇



 報告を受けた白銀君たちは、花剣道士および複数の仙道助手を率いて調査に赴いた。


 掘り返した洞窟内には、確かに水珠らの報告にあったような空洞、採掘跡が存在していた。

 しかし、不可思議な照明や寝台など、蝙蝠人間の存在した証は何一つ、残ってはいなかった。

 大仁によって斬られた二体は、一体は頭を、一体は翼を失ったはずだが、その遺体や欠損部も、山の隅々まで捜索されたものの、ついぞ発見されず。


 彼らが再び舞い戻ることも考え、白銀君たちはしばらく、この地を監視することに決めた。


 なんとも煮え切らぬ結末に、水珠と大仁は、己の未熟さを痛感するのだった。

 そんなふたりに、白銀君は言った。


「これ以上の惨殺は食い止めた、ということでしょう。ふたりとも、よくやりました」


 それが唯一の慰めだった。

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