第18話 怪奇! 蝙蝠人間

「ねえ、大仁ダーレンくん。あの人たち、なにか」

「掘り出してる、みたいに見えるね。採掘場、か?」


 つるはしを大地に打ち付ける音が、すり鉢の中を反響している。


 今、一人が、掘り出したもの――遠目にはただの石ころ――を積んだ一輪車を押しながら、螺旋の坂を上ってくる。

 長い長い斜面を、彼は休むことはおろか、持ち手を握り直すことすらしない。

 そして部屋の奥、未だ見ぬ廊下の先へと運んでいくのだった。


 底の作業員もそうだ。黙々と、雑談の一つすら振ることなく、どこまでも黙々と、彼らは作業を続けていた。

 異様な光景だった。

 汗を拭いたり、腰をほぐしたり、そんな人間らしい素振りを彼らはしないのだ。


「仙道助手、みたいな……?」

「どうだろう。わからない」


 静かに立ち上がって、壁沿いに進む。


 最初の部屋の中には十の寝台があった。それしかなかった。

 この寝台というのも、どうにも不思議な代物だった。銀色の金属らしい箱の上に、透明な、円筒を縦半分に切ったような蓋が乗っている。


 この蓋の材質はなんだろう。

 硝子かと一瞬は思ったものの、西洋のそれとて、こうも透明感はないと聞く。

 光の反射のおかげで、辛うじて、そこにあるとわかるほどに透き通っている。

 また、見た目の印象としては、とても薄そうだ。

 こんなものが作れるものなのか。


 形は棺にも似ているが、やはり、これは寝台だ。

 なにせ、十のうち五つは、中で眠っている男がいるのだから。

 いずれも普通の人間に見える。

 そして誰もが幸せそうな笑みを浮かべて眠っていた。半目で、涎を垂らしていた。


 彼らは皆、お揃いの、奇妙な帽子を被ってもいた。

 お椀型のそれは、寝台と同じく金属製に見える。無数の丸い粒がくっついており、その粒は常時、赤や緑に黄……様々な色で点滅している。

 頭頂部からは、つやつやした黒色の紐が伸びており、寝台と繋がっていた。


 異様さに水珠の鳥肌が立つ。


 大仁が静かに、どこか恐れを含んだ声音で、

「水珠、きみは仙境を人の世と異なるって言ったけど……こっちのほうがよっぽどじゃないか?」


 確かに。

 その一言も水珠は返せなかった。


 大仁が、今度は小さく呟いた。独り言のようだった。

「本当に……どこの国、いや、どこの世界のものなんだ?」


 水珠は乾いた喉から搾り出すように、

「すごく……良い夢を見ているみたいだ、ね」


 大仁は頷き、ただ「行こう」とだけ。


「……そうだね。起こして良いものなのかも、わからないし」


 後ろ髪引かれる思いではあるものの、ふたりは部屋を後にした。

 隣の部屋、そのまた隣の部屋もほとんど変わらず。

 となれば蝙蝠人間は、奥にいると考えられた。


 最後の部屋から出ようとしたとき、水珠たちの耳に車輪の転がる音がかすかに聞こえてきた。


 ふたりは戸口から、そっと窺う。

 一輪車は廊下の向こうに消えていった。


 一瞬だけ見えた男の横顔は、ぼんやりとしたものだった。

 まるで寝起きのような。


 水珠は室内を振り返り、ふと、思う。


「本当に、良い夢を見ているのかも」

「え?」

「夢を見させてくれる代わりに、一生懸命に働くの。……なんて、突拍子もないね」

「いや……おれは、そうは思わないよ。ただ、今はどうしようもない、ね」

「そうだね。わからないことばっかりだし」


 果たして、ふたりは思い知る。

 最奥に待ち受けていたものは、ここまでに感じた異形の技術への恐怖など、風で吹き飛ぶ程度のものに過ぎなかった、と。


 水珠と大仁が、その銀色を通路の出口に捉えたのは、三分の二を進んだ辺りでのことだった。


 銀色に輝く丘。

 はじめはそう思った。


 第二空間に入って、ようやく、全容がわかった。

 そこは採掘場ほどではなくとも広く、そして縦の空洞になっていた。

 廊下の場所が縦穴の真ん中ら辺であったがゆえ、銀色の、上半分しか見えなかったのだ。


 ふたりは思わず息を呑む。


 それは、銀色の球体であった。

 なにかしらの金属で出来ていると思われるが確かではない。

 直径はかなりのもの。ぐるりと一周するのに二分は掛かるだろう。


 球体には三本の足が生えており、それで地面に立っている。

 また、下半分の一箇所に、舌でも出すかのように斜路がある。

 そこから中へと入る、蝙蝠人間の姿を捉えることができた。


 水珠が、恐る恐る、口を開く。

「蔵……なのかな」


 大仁もまた、戸惑いを隠せぬ様子。

「そう、なんだろうね。うん。たぶん」


 蝙蝠人間たちは、十数はいた。球体の中には、もっといるかもしれない。

 外にいる彼らは、一輪車に積み込まれた石ころを、彼らなりの基準でもって寄り分けていた。そうしてお眼鏡に適ったものを、球体の中に運び込んでいるのだった。


「それにしても」と大仁。「思ったより数がいるな」

「ね。ちょっと、厳しいかも。どうします?」

「……ひとまず師匠の判断を」


 そのときだった。


 蝙蝠人間たちが、一斉に、ふたりを見上げた。


 ぎょっ、と後退る水珠と大仁。

 その背に噴き出す嫌な汗。


「ば、バレたっ!?」

「落ち着いて。石子の術の効力は?」

「まだ続いてるはずだけど、効かない相手だとしても」

「不思議じゃないか! 妖怪の類、いや、それとも違うなにか、なら!」


 ふたりの動揺は、彼らに勘付かれたかもしれないがゆえのみではない。

 水珠たちは遂に蝙蝠人間の全貌を目の当たりにしたのだ。

 その異形に、動揺するなと言うほうが無理であろう。


 体長は成人男性より、いくらか低い。

 全身を細かな黒い毛に覆われており、腕が六本あった。


 うち二本は背中のほうから生えており、肩より少し高いところで左右に広げている。その手首から脇の下まで被膜が垂れ下がっている、蝙蝠の翼の如くに。

 もう二本は、人間のそれと同じ用途か。

 そして残る二本は他よりも、やや短め。脇腹の辺りから生えており、胸を隠すように胴体に密着している。


 顔に目はなく毛むくじゃら。

 口は犬のように突き出たもの。

 耳は大きく、上にピンと尖っている。


 ――バサッ!


 羽ばたきが木霊する。

 重なり合う。


 バサッ! バサッ! バサッ!


「来るよっ、大仁くん!」

「撤退!」


 ふたりは花剣を手に、すかさず通路に飛び込んだ。

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