第15話 師の心、弟子知らず
「湯の支度ができています。ゆっくりと汗を流すと良いでしょう」
「ありがとうございます。澄泥ちゃん、先どうぞ」
「広いでしょう? 一緒に入りますわよ」
「え、いや、わたしは後でも平気だし」
「まったくもう。疲れてるんですから手間取らせないで」
引きずられるようにして連れていかれる弟子を静かに見送り、報告書の片方を黒鉄君に渡す。
「お前んとこのは、風呂嫌いなのか?」
「へそがないのを見られたくないのでしょう」
「あー……」
彼は納得して、それ以上なにも言わなかった。
まずは互いの弟子が書いたものから、次いで交換して目を通す。
小一時間ほどで書かれたものでも、読むのには、その半分もいらなかった。
「ふむ」と、黒鉄君が口を開く。「体裁は問題ないな。当然だが」
「ええ。ふたりとも、読みやすく、客観的に書こうと努めていますね」
報告書には、主に二つの気になる点があった。
まずは白銀君から口にした。
「それで、
「
「ええ。遺失一覧に。けれど、似たような術などいくらでもあるでしょうし、今回は、関りの薄いところを占ってもらったわけですから」
「アイツに宝貝を授けられた奴から絵を買った者による怪事件……薄いと言えば薄い」
「遠すぎず、近すぎずではありますか」
「共有しておくものとして保留だな」
白銀君に異論はなかった。
次いで黒鉄君が溜息交じりに言う。
「共有、と言えば、水珠のこともそうだ」
「それは島外学習の前の晩にも言ったように。あのとき限りのもので、再現性はないと思っていましたし、水珠が道士としてやっていけるかも未知数でしたから」
「そのときは俺も納得した、が」
黒鉄君は報告書を指で叩きながら、
「できてんじゃねえか。心を斬る、ってやつ」
「ええ」
と、白銀君は眉間を指で揉む。
「本当に、知らなかったことです」
知る方法がなかったとも言える。
「適当な人を攫って、試し斬りさせるわけにもいかないでしょう?」
「……まあ、失敗でもしたら、まずいな。だが、この剣才は、俺たちに必要なものだ。これがあれば、アイツを殺さずに済むかもしれねえ」
その気持ちは、白銀君にもよくわかった。
彼を――
共に師のもとで学び、共に五金君となった、友であり兄弟であり、家族なのだから。
だから一度は、黒鉄君と同じことを思った。
が、
「そのためには、水珠を、仙人の戦いに巻き込まなくてはなりません」
「最後の一撃で良い。俺たちが隙を作れば良い」
「難しいと思います、私は」
「やってみなきゃわかんねえだろうが」
苛立ちを隠さぬ彼から目を逸らし、
「この話は、また四人で集まったときに」
強引に話を打ち切った。
だからと言って黒鉄君は食い下がることもなく、
「……悪い」
とだけ返して、部屋を出ていった。
白銀君はほんの数瞬だけ、五金君が健在だった頃に思いを馳せ、首を横に振る。
そして澄泥の報告書に目を落とした。
人の心という不可視の領域に踏み込むことを、危惧する旨が記されていた。
当然のことだと白銀君も思うし、水珠こそ、それを重々に承知していると思っていた。
「今回は上手くいったようだから良いものを」
一方、彼女の報告書では、そのくだりは淡々とした書きざまだった。
あえて思うところを隠しているようにも感じられる。
「……流石に、やり過ぎたと思っているのでしょうか、ね。まあ、後で話を聞くとして」
黒鉄君の言うように修行は必要だと彼も思うところだった。
心を斬るという、極限下で無意識に獲得してしまった才を、放っておくのは水珠にとっても良くないことだ。
もしも失敗して、相手を廃人にでもしてしまうようなことがあれば、それは相手だけでなく、水珠にとっても不幸だろう。
「斬るべき相手を厳密にするのも、必要ですか」
誤解や冤罪で、しでかさないように。
水珠のためにも。
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