第12話 容疑者
「容疑者、数百名ってのは全く絞れていませんわねぇ。それに」
「犯人が術師の線も、怪しくなりますわね」
「へっ?」
「んー……いや、今のはそれはそれで早計かもしれませんが、だって術師ならば、この範囲で犯行を繰り返す理由があまりないと思いますの。只の人ならば自身の家、連れ込み先が近いという理由から、一定の範囲から出ないようにするかもしれませんが。ええ、それは術師だって同じ考えになるのかもしれませんが。一人を容易く攫える術師にとって、距離というものは、どれ程こだわるべき要件になるかしら?」
「その人に、なにができるかは、本当に、人それぞれだとは思うけど……」
澄泥の言うことに、
考えなくては。
術師が一定の範囲から逸脱せず犯行を繰り返す、もっともらしい理由を。
捻り出さなくては。
「た、例えば、さ」
「ええ」
澄泥が、じっと水珠を見つめる。
その目には期待が込められているようだった。
「術を使えるのが、この範囲、とか? ある種の呪術なんかは地面に埋めた呪具の上を対象に歩かせる必要が」
と、水珠はそこまで言って、閃いたの顔。
「そうだよ、こんな術はどうかな? 寝たまま、家から出てしまうの!」
「なるほど。自分から家出させるわけですわね。確かに、それなら、わざわざ忍び込むよりも、ずっと簡単ですわね。攫わずにして攫う、か。そういうことならば、その線で、痕跡があるかどうか調べましょう」
「うんっ!」
町が橙色に照らされるまで、入念に細い路地やら外壁などを調べた結果、それらしい痕跡はとうとう見つけられなかった。
お腹も空いた。背中とくっつきそうだ。
ふたりは宿屋の一階で水餃子をつまんだ後、借りた部屋で話し合う。
「土地に術を掛けた線は、外れかもしれねえですわねぇ」
水珠も、これだけ駆けずり回ってなにも見つけられなかった辺り、薄々そう感じていた。
被害者の家々から拝借した品を床に並べながら頷いて「でも」と続ける。
「わたしはやっぱり……術師が絡んでいると思うの」
「わたくしも七割くらいはそう思っていますわよ。只の人がこうも上手く攫い続けられるとは、やはり、考えにくい。一人暮らしばかりなら、ともかく。……ここまできてやめるなんて言いませんわ」
「うん。失せ物探し、やってみるね」
店の人に借りた地図も床に広げ、被害者の家および失踪場所に印をつける。
これで、およその準備は整った。
水珠は懐から、糸の先に指輪を結んだものを取り出す。
「それは
「ううん、練習用に貰った普通のやつ」
糸を摘まみ、指輪を被害者の持ち物の上に垂らし、口の中で呪文を唱える。
それから地図の上に移す。隅から隅まで、ゆっくり動かしていく。
もしも指輪がくるくると回り出せば、その付近に持ち主がいるということになる。
「……まず、ここ」
「印つけますわね」
続けて二つ目、三つ目と試していく。
どれも違うところで指輪は回り出した。
水珠は眉を曲げて、腕を下ろす。
「んー……持ち物を使えば、少しは当たりやすくなると思ったんだけど」
「まだ四つありますわ。三つか、二つでも、一致するものがあれば上々でしょう」
「そう、だね。がんばる」
改めて呪文を、念のため、二回ほど唱えてから地図に向かう。
果たして、二つの印が、ほとんど同じ場所につけられた。
それは七人の失踪場所を囲う円の、中心に近いところであった。
「澄泥ちゃん、ここって」
「ええ。町守のお屋敷ですわ」
「じゃあ犯人は、ってのは早計?」
彼女はしばし考えてから、深刻な顔して問うた。
「攫われた人は、今、どうしているでしょうね」
つまり、生か死か。
水珠はこれまで考えていなかった。
遺体として発見されたのなら、ともかく。
「生きてるよ、絶対」
「では、その人たちはどこかに置いておかなくてはなりませんわね。食事やらなにやらも必要ですわ」
「あ、そっか。そんなことができるのは、町守さまくらい」
「次点で、その身内。使用人は最も低い可能性、と思いますわ」
「なるほど。……当たってて欲しい~!」
「位置的に、可能性はとても高い。賭ける価値がありますわ」
そこで彼女は不意に、目を見開いた。
どうしたかと問えば、
「わたくしも、なにかないかとずっと考えていたのですけれど、それで今、気付きましたわ。月二回の失踪、これが初週と三週に偏っていることに!」
「……あ! 言われてみれば、そうだったかも」地理にばかり注目していて失念していた。
「そして今月の失踪者はまだ一人。今日は三週目の中日! 現れる可能性が高いと思いますの」
となれば、やるべきことは決まったも同然。
「行こう、澄泥ちゃん! 町守さまのお屋敷を見張らなくっちゃ!」
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