第11話 少女捜査中

「僕の妹も、今月の頭に……」


 妹! その一語は水珠スイジュ耳朶じだに雷鳴の如く響いた。

 雪梅シュエメイが病に伏していたときの、あの途方もない無力感が蘇ってくる。


「俺は担当じゃないから、詳しくは教えてもらえないけど、捜査は芳しくないみたいで」


 歯痒そうな面持ちで、そう言う彼に水珠は力強く答えた。

「わたしたちに、お任せください!」


「待って、水珠。これだけでは、わたくしたちの関わるべきことだとは」

「わかった。関わるべきだってことを、調べるんだね」


 呆れた様子の澄泥チャンニィをさておいて、水珠は若き衛兵に訊ねた。


「失踪時のことを教えてくれますか?」

「あ、ああ……と言っても、あまり、話せることもないんだけど」


 いわく、彼女は夜中にいなくなったらしい。あるいは朝方か。

 ともかく、家族が寝静まっている間に、忽然と姿を消したとしか言いようがない。

 なんなら最初のうちは、朝の散歩にでも行っているのではないか、珍しいが、まあ、そういうこともあるだろうと思っていた、と。


「でも、朝飯の頃になっても戻ってこないから、その辺りから、なにか変だ……と。それで、思い出したんだ。この数ヵ月の失踪事件のことを」


「ということは」

 澄泥がわずかに眉を寄せて

「他の人も、寝ている間に?」


「ああ。俺は、そういう風に聞いている。すまない、流石にそろそろ、戻らないと……」


 最後に彼から妹の特徴と、他の被害者の自宅を教えてもらい、別れた。


 城壁に囲われる規模の町では、その通りというものは、およそ碁盤の目のようになっている。ふたりは三つ先の角を曲がり、二つ隣の通りに向かうことにした。


 道すがら澄泥が「ふーっ」と深く息をつく。

「案外、水珠、貴女の勘は当たっているかもしれませんわね」


「でしょ!? この町は、そこそこの規模だし、捕役だって、サボってるわけじゃないはず。なのに、四ヶ月、進展がない。怪しいよ! 犯人は術師だよ」


「一本の線を見て竹と言うくらいに早計ですわ。大方、妹さんのことを思い出したのでしょうけど……それはともかく」

 当たっているかもと言うのは、只の人の仕業ではなさそうという点。

「なにせ、夜分遅くに、家族の誰にも気付かれぬまま、人一人を連れ出す――容易いことではありませんわ。けれど、超常の手段があれば」


「むしろ簡単だね。わたしたちだって、やろうと思えばできる。戸締りは花剣の前には無意味だし、石子の術で気配を消せば家探しなんて余裕綽々。連れ出すのは、瓢箪があると良いね、なんでも入れられる」


「そういうことですわ。術師ならば、人攫いくらい、いかようにも」


「ほら~」言った通りじゃない、と胸を張る水珠。

「でも、ですわ。水珠、それでもって術師と断ずるのは早計ですわよ」


 妖怪という可能性もある。


 澄泥のその一言に水珠は「あ」と声を漏らした。

「そっか、そうだよね。澄泥ちゃんは、頼りになるなぁ」


「なに言ってんですの。わたくしが取り乱すようなことはありえねえですけど、そんな天地のひっくり返るようなことがあったときには、貴女が頼りですのよ」

「うん、がんばる。……あ、ここだね」


 立ち止まったのは綿織物を扱う商家の前である。


 店先に並ぶ布地は飾り気のないものながら、日光に照らされ輝く様からは丁寧な仕事が見て取れる。

 お手頃価格のそれを町の人々は買って、自ら衣類や布団を縫うのである。

 一方、店の中には、豪華な刺繍や色鮮やかな模様のある布も積まれている。

 どちらも丹精込めて作り上げるのは、二階にいる熟練の職人たちだ。


 水珠たちが店番に主人を訊ねると、訝しんだ様子ながら奥に通された。

 商談のための一室に彼はすでにいた。

 五十代ほどの、まばらに白髪の混じった主人は、見るからに疲れた顔をしていた。


「これはこれは道士さま」


 店番と違って彼は信心深いほうらしい。恭しく頭を下げた。

 これは話が早そうだ。早速、水珠は失踪事件について切り出した。


「ええ、その通りです。うちの末の娘は、先月から……」


 涙ぐむ主人に、水珠は落ち着いた声音で、

「良かったら、わたしたちに詳しいことを教えていただけませんか? 力になりたいんです」


「ほ、本当ですか……?」


 澄泥も柔らかな微笑を携え、

「修行中の身ですが、出来る限りのことをしたい、と。そう思っておりますわ」


 主人は希望を見出したのか、その瞳に光を取り戻し――しかし、それは、ふっと消えた。


「ありがたい申し出です。ですが、詳しいことと言われても……」

「どんな些細なことでも良いんです」


 彼はなおも首を横に振り、項垂れるようにして、ぽつり。


「寝ていたんです」


 やはり、と。

 ふたりの道士は顔を見合わせ、頷いた。


「私も、妻も、息子たちも、使用人も……皆、寝ていて、起きたら、もう、いなかったんです」


 だから、それ以上のことはなにもない。

 そう言って涙を零す主人を慰めた後、水珠たちは家の中を軽く案内してもらった。戸締りは、商売をやっているだけあって堅牢そうに見える。

 いよいよ二人は、尋常ならざる犯人の気配を強く感じた。


 澄泥が、こそっと水珠に耳打ち。

「人探しに使える術は、ありませんの?」


「失せ物探しの術を応用すれば、たぶん。でも、占いに近いんだよね」

「苦手? わたくしは、からっきしですけれど」

「四……三割ってところかな。試すだけ試してみる」


 水珠は主人に、娘の持ち物から一つ、借りられないかと頼んでみた。

 幸いにも彼は快諾してくれ、櫛を拝借。

 それから、娘の容姿など特徴を聞いて、次の家へと向かった。


 あの衛兵の言葉は本当らしく、他所でも同様の話だった。

 七軒目を後にしたところで、澄泥が「ふーっ」と深く息を吐く。


「これはいよいよ、微妙な占いでも頼ったほうが良さそうですわね。目撃者なし、痕跡なし。犯人の目星のつけようがねえですわ。狙われたのは長い黒髪の、年頃の女の子という共通点はあるけれど、そんなの町中にいますわよ」


 と言うのを水珠は聞いているのか、いないのか、「うーん」と曖昧な返事。


「なにか気になることでも?」


 水珠はちらりと空を見てから、不意に家と家の間に入ったかと思えば、飛び上がった。

 そうして空から町を見渡した後、また同じ場所へと降り立ち、道に出てくる。


「うん、やっぱり、そうだ」

「なにが?」


 水珠は道端の石ころを拾うと、地面に格子模様を描く。


「町の、というか、この辺りの概略図、ですわね?」

「そう。で、ここ、ここ、ここ……」


 といった具合に、今まで回った家々を印していく。


「どう? 澄泥ちゃん」

「……ああ、なるほど」


 澄泥は別の石を拾って、七つの点のうち、五つを円で囲った。


「この範囲から外には被害者がいない。ふたりは家こそ範囲外ですけれど」

「いなくなった日、ふたりは家にいなかった」

「ええ。一人は飲み屋へ、一人は恋人のところへ。そして、その二ヶ所は」


「円の中! 犯人は、この中にいる!」

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