第十九話 航の提案

 その日、昼餉が終わると、凪は航に呼び止められて手招きされた。


「あの……わたし、何か失敗してしまったのでしょうか?」


 恐る恐る尋ねると、


「まさか! 凪さんの働きぶりには非の打ち所がないよ」


 航は笑って顔の前で手を振った。


「そ、そんな……。では、あの……」


「うん。さっき、明日海を案内してあげるって陛下に言われただろう」


「ど、どうしてご存じなんですか!?」


 驚きのあまり声が裏返ってしまった。


「おれは読心術を身につけているからだよ……と言いたいところだけれど、何のことはない、おれが陛下に勧めたからなんだ。凪さんに海を案内してあげたらどうですか、って」


 そのとたん、凪の胸は弾むのをやめてしまった。広海が海を案内してくれるのは、広海自身の意思によることではなかったのだ――。


 と、航は真剣な顔で手を振った。


「ごめんごめん、ちがうんだ。たしかに海を案内してあげたらって勧めたのはおれだけど、凪さんにお礼がしたいけど何をすればいいだろう、って相談してきたのは陛下なんだ」


「あっ……」


 勝手に勘違いして勝手に落ちこみそうになった自分が恥ずかしく、凪はうつむいた。航は凪の肩に手を伸ばしかけて引っこめ、いたずらっぽい笑みを浮かべる。


「で、本題なんだけど……凪さん、陛下にお弁当を作ってあげない?」


「えっ……? お弁当ですか……?」


 凪は目をぱちくりさせた。


「そう、お弁当。明日の朝餉の後片づけが終わったら、凪さんに厨房を貸してあげるからさ。食材も、好きなものを好きなだけ使っていいよ。好きなだけっていっても、二人分のお弁当に使う食材なんてたかが知れてるし」


「二人分……?」


 再び目をぱちくりさせると、航はぷっと吹き出した。


「そうだよ。凪さん、まさか自分のお弁当は作らないつもりだったの?」


「で、でも、航さん、『陛下のお弁当を作って』って……」


 恥ずかしさと戸惑いの混じった気持ちで答えると、航はどこか淋しげに微笑んだ。


「じゃあ、言い換えるよ……陛下と凪さん自身のお弁当を作って。念のため言っておくけれど、陛下のお弁当は豪華で凪さんのお弁当は質素……なんていうのはだめだからね?」


「は、はい……」


 まさにそうしようと思っていた凪は、ますます恥ずかしくなってうつむいた。


 その夜眠りに落ちる瞬間まで、凪は弁当箱に何を詰めようか考えつづけていた。

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