第十三話 龍宮案内(一)
鮫の王の貸してくれた本はどれもこれも、凪を夢中にさせた。
貧しい少年が隣家の老人から宝の地図をもらい、盗賊に命を狙われながらも、冒険の果てに宝を手に入れる物語。
臣下に王位を簒奪された若き王が忠臣とともに隣国に落ちのび、仲間を集めて王位を取り戻す物語。
過酷な深海で、少女が家族と力を合わせ、のびのびとたくましく成長していく物語。
敵対する家に生まれた少女と青年が恋に落ちるが、少女はほかの男の後添えにさせられたうえ、出産で命を落としてしまい、青年もそれを知って自ら命を絶つ物語。
夕食後、傷の具合を診に来てくれた真帆も本に目を留めた。
「まぁ、懐かしい! ちょっと見てもいいかしら?」
「も、もちろんです」
「ありがとう。へぇ、最近の本にはこんな挿絵が入ってるのねぇ……」
真帆はぱらぱらと本をめくりながら、
「あたしも本の登場人物になりきって、宝探しごっことか戦争ごっことか化け物退治ごっこをしたものよ。宝探しごっこのときは宝……あたしがお母さんから無断で借りた髪飾りが、どうしても見つからなくなっちゃって……。あのときのお母さんときたら、盗賊も裸足……ううん、それどころか素っ裸で逃げ出す怖さだったわ」
思い出話を聞かせてくれた。
翌日の朝食のあと、新しい本を持ってきてくれた鮫の王に、
「あの……どの本もとても面白かったです」
凪は言った。こんな単純な感想しか思いつかないことが恥ずかしくてもどかしくてたまらなかったが、それでも言わずにいられなかったのだ。
「よかった……!」
鮫の王は今日も心から嬉しげに笑い、海の世界のことをいろいろと教えてくれた。
海の生き物のなかで、年齢を問わず人間の姿になれるのは、鮫人と呼ばれる一部の鮫だけだということ。陸の生き物のなかでは、
ただし、どんな生き物も並外れて長生きすれば人間の姿になれるということ。
世界中の海のあちこちに、鮫人の町や国があるということ。国は全部で三百ほどあり、どの国にも君主がいて龍宮があるということ。
陸の産物は、狼人や蛇人と物々交換をして手に入れているということ。鮫人の国同士の貿易も盛んなので、今年のように魚の少ない年でも十分な食べ物が手に入るということ。
鮫人と人間の文化が似ているのは、何らかの理由で凪のように龍宮に滞在することになった人間や、人間の世界に興味のある鮫人が、互いの文化について学び合ったり教え合ったりしたためだということ。
どの話も、本に負けず劣らず凪を夢中にさせた。
翌日の朝食のあとも鮫の王は部屋に来てくれたが、本は持っていなかった。凪は内心がっかりしたが、すぐにそんな自分を戒める。だが、
「真帆の許可ももらったことだし、今日は龍宮を案内してあげるよ」
鮫の王のことばで、自戒の念は驚きと戸惑いに変わった。
「で、でも……王様に案内していただくなんて……」
「言っただろう? 委縮しないでほしいって」
「でも……」
なおも恐縮していると、鮫の王の眉じりと肩が次第に下がっていく。
「あ、あのっ、やっぱり案内してください!」
言ったとたん、鮫の王の眉じりと肩は水平に戻った。
「ありがとう。それから私のことは名前で呼んでほしい……広海、と」
「いえ、そんな……お礼を言わなくちゃいけないのはわたしのほうです。王様……いえ、広海様……」
「広海さん、でいいんだよ」
鮫の王――広海はなだめるように言ったが、
「そんな……」
凪がぷるぷるとかぶりを振ると、
「すまない。かえって困らせてしまったみたいだね。じゃあ行こうか」
立ち上がって戸のほうへ歩き出した。凪もあとに続く。
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