第十四話 龍宮案内(二)
龍宮には五階建ての一ノ城、三階建ての二ノ城、三ノ城、四ノ城があり、一ノ城に広海の部屋と臣下の部屋、二ノ城に客間や宴会場、三ノ城に道場や子どもたちのための教室、談話室、娯楽室、音楽室、図書室、四ノ城に厨房や風呂場、医務室、洗濯部屋、使用人の部屋があるそうだ。
一ノ城に入るにはいくつかの条件を満たさなければならないそうで、案内してもらったのは凪のいる二ノ城から四ノ城だ。それぞれの城は、屋根と壁のある廊下でつながれていた。
客間にはそれぞれ、平目、鯨、海老、貝など海の生き物の名前がついており、調度品にもその生き物が描かれたり彫られたりしているそうだ。むろん凪の部屋は鯛の間である。
宴会場は何畳あるのか見当もつかないほど広く、前方には舞台があって金屏風が置かれていた。天井には、南の海のものだろうか、黄色と白と黒の魚、橙色と白の魚、瑠璃色の魚、
厨房や洗濯部屋は清潔で、道具もよく手入れされており、大勢の鮫人がきびきびと立ち働いていた。誰もが広海を見るとあいさつして頭を下げるが、緊張の色は全くうかがえない。銛田家では、どの使用人も正彦や義彦にびくびく、あるいはぺこぺこしていたというのに――。
「あっ、陛下、いい牛肉が手に入ったんで、今夜は牛鍋にしようと思うんですよ!」
厨房では、ひょろりとした体つきに人好きのする顔立ちの青年が話しかけてきた。三十前後に見え、髪と着物は
「牛鍋か、いいねぇ」
広海は目を細め、口元をゆるめる。
「しかもいい酒も手に入ったんですよ」
「ますますいいねぇ。でも一昨日、『今日から三日間は一滴も飲まない』って真帆と約束してしまって……」
「げっ、そうなんですか?」
「ああ。でも一杯くらいなら……」
「陛下の『一杯くらいなら』が、本当に一杯だったためしがないじゃありませんか」
「為政者たるもの、何度でも挑戦して、前例のないところに前例を作らなければ」
「酒量も口も減りませんねぇ。そこまでおっしゃるならお出ししますけれど、真帆に知られないようになさってくださいよ?」
頭がくらくらしてきた。臣下らしくないのは、真帆だけではないようだ。
と、青年は凪に目を移し、
「ああ、凪さん、置いてけぼりにしてごめんよ。おれは龍宮の料理長で、
身を乗り出した。凪が思わず身を引くと、
「こら、驚かせるんじゃない」
広海が凪の肩に手を置き、わずかに抱き寄せる。触れ合った部分が熱くなったような気がして、その熱は顔にも伝染していった。
「ははぁ」
航はにやりとしたが、
「……航」
広海が意外なほど厳しい口調で名を呼ぶとはっとして、
「失礼しました」
頭を下げた。さすがに無礼が過ぎたということだろうか――?
だが、凪の違和感は、
「どう? ここの食事は口に合う?」
航の問いによって頭のすみに追いやられた。
「は、はい……とてもおいしいです」
「よかった。人間を迎えたのは久しぶりだから心配でさ。そうだ、好きな食べ物と嫌いな食べ物があったら教えてよ」
「えっ……? ごめんなさ……いえ、特には……」
好き嫌いなどしていたら飢え死にしてしまっていた――いや、そのまえに義彦に殺されていたかもしれない。
「そう? まぁいいや。これは特においしいとか、逆にあんまりおいしくないとかいうものがあったらそのとき教えて」
「はい……」
うなずいたものの、実際に教えることはないだろう。だいたい、特においしいものはともかく、あまりおいしくないものが出てくるとは思われない。
航はそこでちらと振り向き、
「あっ、だめだめ、火加減が強すぎるよ……じゃ、陛下」
鍋を火にかけている鮫人のほうへ駆けていった。
「航は気のいい男だし料理人としても一流だけれど、誰にでもなれなれしいのが玉に
広海に言われて表に出たとたん、凪は目をみはった。海のなかだというのに木が植えられ、
恋人同士らしい鮫人が歓談しながらそぞろ歩いたり、子どもの鮫人がかくれんぼをしたりしており、心がなごんだ。塀の向こうには海が広がり、野生の魚が泳いでいる。
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