四ツ葉
「あの子。目の前でお母さんが……庇って亡くなったそうよ」
「かわいそうに。まだ小さいな。七歳位か?」
中学校横のセンターの入り口に辿り着いた。付近で泣いている小さな女の子を横目に、大人たちがひそひそと噂をしている。
「ねえ。ママと離れちゃったの? なあちゃんもママを探してるの。お腹減ってるよね?」
ママを探す自分と同じ状況だと思ったのか、菜白が小さな声で女の子に話し掛ける。泣き続ける女の子は菜白には気付かない。菜白はクッキーの袋を女の子の傍にそっと置いた。
「あっ! クッキー……美味し……ママ……ぐすっ」
「菜白のお気に入りじゃないの?」
「いいの。なあちゃんはにぃにに買ってもらうから。約束したもん。あのクッキーは美味しいしいから少し元気になるんだよ」
クッキーに気づいた女の子がそれを頬張り、少しだけ息を吐いた。菜白は安心したように小さく微笑んだ。
「ここにも皆は居ないみたいだね」
「……ママは嘘つきじゃないもん。次の所にはきっと居る。なあちゃんを待ってるから早く行かなきゃ」
「そっか。次は花里タウンだっけ?」
もうどれだけ歩いたんだろう。けれど、不思議なことに足は疲れていなかった。中学校から花里タウンは数メートルいったところ。中央公民館は目の前だ。ぐ~~っと二人のお腹が鳴る。
「お腹減ったね。ご飯を買ってから行こう。ママとねぇね、お買い物してるかもしれないから」
目的地を花里タウンに変えて、オレと菜白は花里タウンへと入った。棚には商品だけが並び、人影もなく、物音もしなかった。菜白の靴音だけが店内に響く。寒くて寂しい場所だった。
「なんだろう。真っ暗だね。誰もいない」
「……ねぇ、菜白。オレたちもしかして」
「ん? なあに?」
「ううん。なんでもない。ママたちに早く会えるといいね」
本屋さんを通り過ぎ、食品売り場を通って、お菓子売り場で立ち止まる。
「ママ……みんな。ねぇ。なあちゃんここだよ。ここに居るのに……」
手近なお菓子を取ってレジに走る菜白の声が震えていた。泣くのを我慢してるのかも。オレは菜白にすり寄ろうとしたけど、いつもの毛皮がオレには無い。
「お店の人居ますか? なあちゃんお財布忘れちゃって。これ、あげます。あとでママとお金は持って来るから、怒らないでくださ~い」
菜白はリュックから萎れた花冠を取り出し、レジに置いて、お菓子の袋を開けて座り込む。
「味がしない……ママのお料理食べたいな……またみんなで……もうお兄ちゃんとケンカしないから。だから……なあちゃんの家族を返してください……お願い……」
濡れた睫毛を伏せて閉じると、菜白はそのまま眠ってしまった。萎れて枯れた花冠が、少しだけずれて落ちた――。
「菜白。そろそろ起きて! 早くママたち迎えに行こう。きっと待ってるよ」
オレの声で飛び起きた菜白は、急いで中央公民館へ向かった。人が溢れていて奥には入れない。オレは衝立の向こうに皆の匂いを見つけた。
「見つけた。お花畑だ。絶対に居る。菜白行こう……」
オレは菜白の手をしっかりと握って、来た道を走って戻る。中学校を越えて、小学校を横目に通って、あっという間に家の裏の花畑に着く。
「あれ? もう着いちゃった。お花畑って近かったんだね」
「まだ小さな菜白の足ではそうだと思うよ。君はまだ七歳なんだから」
「確かになあちゃんは七歳だけど……」
「大人だったら良かったのにね。君も、オレも」
首を傾げて不思議そうに菜白は瞬いた。
「なあちゃんっ!」
駆け寄ったママが菜白を抱きしめた。
「ママっ! なあちゃんずっと探したんだよ! どうしてお迎えに来てくれなかったの?」
「ごめんね菜白。一人でよく頑張ったわね」
「一人じゃないよ。なごちゃんが男の子になって、一緒に探してくれたの」
ママはオレを見て手を伸ばす。オレはママへとすり寄った。オレの身体はギューッと縮んで、いつものオレに戻っていく。
「ありがとうなごちゃん。ずっと菜白と居てくれたのね。本当にありがとう」
「門が閉まる前に早く行きなよ菜白。菜白の家族はそっち側にいるんだから……」
後方からパパとお姉ちゃんもやって来た。
「あれ? 猫に戻っちゃった」
「なぁ~~ご」
「お帰り菜白。大冒険して来たみたいだな」
菜白が答えようとすると、人影が門に飛び込んで行く。自衛隊服の幸人だ。
「セーフ! 間に合った」
「いや、間に合ってないし。幸遅い」
「クッキー買ってたからさ。ほら、菜白」
「わ~い。にぃにありがとう」
「約束守ってくれて良かったね」
やっぱり家族はこうじゃなきゃ。離れ離れだなんてダメだよね。なんだか視界がぼやけてる。
「ずっとこうやって一緒に居たいな。あれ? なごちゃんは?」
オレは首を振って、笑顔でママに抱き着く菜白と、閉まっていく扉を眺めていた。
「お花畑なんかじゃないよ。瓦礫になった君の家じゃないか……」
身震いをして落ちて来る黒い雫を見上げ、身体を丸めたオレは目を閉じる。
『なんだか寒いな……』
「なごちゃんも家族なんだから、一緒に行かないとダメだよ」
閉じかけた扉が開いて、オレは菜白に抱き上げられた。オレはゴロゴロと喉を鳴らして、菜白たちと光る門を潜る。
『ああ。ここはなんてあったかいんだろう』
冷めきった黒い雨は降り続ける。一人ぼっちになってしまったあの子は大丈夫かな――。
おしまい
【完結】クローバー(仮) いろは えふ @NiziTama_168
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