第12話
「僧侶に、なられたのですね」
そう言ったのは与四郎を連れてきた男である。名を刃と言った。
「それが、生きるための約束事でありました故」
そう、約束事であったのだ。それを俄かに思い出した。それでも寂啓は自分たちに仏門に入るか否かを問うた。それ以外の道を、完全に閉ざしはしなかった。
時が経てば、人の気持ちも変わる。あるいはそれ以外にも道を取ることはできたのかもしれない。そのことに意識が行かなかった。それは確かだ。
(しかし、)
自分達は世を捨てるつもりで出家したのではない。その道が、自分たちの取るべき道だと思ったからだ。それが全てではない。しかし、その気持ちが無かったわけでは無い。巌がここを好きだと言ったように、自分もまた、ここが好きなのだ。それは、澄啓も同じ。自分で選んでここで生きている。
あの謀反の日、生きる場所と、愛する人を失った痛みを、ここで癒してきた。それはきっとこれからも。
それでは与四郎は。
ここへ与四郎を連れてきた刃は与四郎の母の古巣である旅芸人の一座の頭であった。
同じ日、与四郎は母と共に一座を訪ねていて難を逃れた。それからはずっと刃が親代わりになって面倒を見ていたという。
しかし、共に一座を訪れていた母親は、その後、事の真実を明かそうと城へ向かい、そのまま行方知れずになってしまったという。与四郎もまた、あの日を境に二親と兄弟を失った。
(年の頃から言えば、今の吾郎ほどか)
寂啓はその姿を重ねてみていた。思えば、吾郎は二親の顔を知らない。そのことを悲しんでいる素振りは見せないが、村の子と遊ぶこともあり、全く意識していないと言えば、嘘になるのだろう。
そう言う時代だと言ってしまえばそれまでだが、そのような悲しみを幼子が持つことがない時代になればと、いつも思う。
与四郎はじっと黙って兄達を見ていた。どこか不安そうに。気づけば、その兄達も同じような顔をしている。再会を喜んでいた時とは違う顔だ。
何かを言いたそうにしているようにも見える。だが、それでいて口にしない。
寂啓は敢えて会話を止めた。刃もまた、何かに気付いた様子で、静かに頷いた。
沈黙の中で、兄弟は静かに相対していた。
そうして、二人同時に口を開いた。
「幸せ、ですか?」
同じ問いが、与四郎と、瞬啓の口から同時に漏れた。澄啓も同じことを思っている。お互いに、離れていた時間のことが気がかりだった。過去と、そして今と。
そうして、同じ言葉を、同時に発したことが、全てを物語っているように思えた。同じ、その言葉の前に、きっと、同じ言葉が付くはずだと。
「自分は幸せです。あなたは、」
その言葉が隠れている。そう感じて、兄弟はふっと息を漏らした。そして、大きな声で笑った。それを見ている周りの者が目を丸くして驚くほど。
胸を張りたい。
いつか、この命が終わる時に。
自分はこの選択を、自分が生きるためにしたのだと。
自分らしく、幸せに生きるために、この道を選んだのだと。
それがどんな道だとしても、それを望んで、選んで、歩いた。
そのことに誇りを持っている。
そう言って、生きられたらいい。
そして、
それが出来ると、信じている。
だからこそ、ここにいる。
この世には、哀しみが満ち満ちている。
人の人生は全く思い通りにならず、時に大切に大切に抱いたものですらも、簡単にもぎ取られてしまう。
それでも尚、人は生きていく。
混沌の中で。
足掻きながら、迷いながら。
それでもどうにか、自分の足で、立って歩く。
そうして、初めて、その道に、花のあることに気付く。
辛いと感じ、引きずる足のその先に、小さく強く、咲く花を見る
それは、辛くても歩く、そのものへの賛辞、
それは時に、新たにかけがえのない出会いを生む
そうして、多くの者と出会い、多くの花に気付いていくのだ
そうして、分かる。
その花が、自分が歩いてきた道にもあることを。
そうして、知る。
同じように、辛い道を歩いていく、誰かの灯に
その花がなっていることを
灯火 零 @reimitsuki
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