第11話
それから更に五年の月日が流れた。
弥次郎、弥三郎は僧形となり、各々瞬啓、澄啓と名を改めていた。寺での生活にも慣れ、出来る範囲でではあるが、僧侶としての生き方も板に付いてきた。
巌は変わらず寺の雑務をこなし、彼らを助けていた。
そして、八つになった吾郎はと言えば。
「私も出家して兄さまたちのようになります」
と、言うようになっていた。
その幼さからまだ誰もその言葉を現実にしようとは思わなかったが。
その生活は穏やかに過ぎていた。
そこに嵐が起きたのは、ある晴れた日のことであった。
寺の長い石の階段を、男が二人、昇って来た。先触れも無く、共も無く。
一見、二人は親子に見えた。一人が中年の男であり、今一人は年若い男であったからだ。青年というにはまだ幼い。だが、どこか大人びた表情をする男であった。
「まことにございますか?!」
その二人の訪いを聞いた瞬啓は驚きのあまり磨いていたロウソク立てを取り落とした。
「間違いない」
頷きながらそう告げる寂啓の目は、涙に濡れていた。
二人を見つめる澄啓も事態を察知して驚いた顔をしている。そして、見えない目で立ち上がった瞬啓に添って小走りに駆けだした。この頃になると二人は寺の中であればどこでも行けるようになっていた。どこに何が在るのかをすっかり把握していたのだ。
そして、客人が来れば、どこに通されるかも知っていた。
礼を欠くと分かっていても、止められない衝動に駆られ、瞬啓は襖を開け放った。
「与四郎!」
声が響く。いつもの物静かな瞬啓からは想像もできない大きな声だ。
「兄、様」
声変わりはしたものの、昔聞いた幼い弟の面影を残す声が、それに応えた。
「ああ、」
瞬啓はその場に崩れ落ちた。それを支えるように澄啓が膝を付く。そんな二人を寂啓が何とか助け起こし、中へと導いた。
ゆっくり、ゆっくりと歩を進め、与四郎の前に座す。
「与四郎、」
名を呼んで手を差し出すと、
「はい、兄様」
与四郎はその手を取った。幼い頃の、柔らかな手とは違う。使い込まれた、しっかりとした手をしている。
それでも、分かる。
その手から感じるの命脈は、間違いなく自分に繋がるもの。
「ああ、よく、無事で……」
途絶えたと思っていた、その小さな命。それがその手に返って来た。
「兄様方も……」
与四郎はそう言って澄啓にも手を差し出した。その手を、澄啓もしっかりと握った。声にならない声が、喉の奥から洩れて、涙が頬を伝った。
兄弟の皆が、お互いに覚えている姿とはかけ離れた姿をしている。それでも、何を越えても分かるものが、確かにそこにあることを、全身で感じていた。
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