後編
夕食後、お父様に執務室へ呼び出されました。
椅子に座るとそわそわした様子のお父様が少し言いづらそうに
「マイラ、どうしよう?向こうの家は婚約者交代を許可したそうなんだ」
「そうですか。両家が決めたことなら構いません。ただし条件があります」
「な、なんだい?」
「今後一切、わたしのお給金でセレナのものを購入しないでください」
「そ、それは……」
ほーう。ここで渋りますか?
王立図書館のお給金は女性の仕事としてはかなり貰えている方なんです。もちろん学生時代の授業態度や成績、厳しい採用試験をクリアしたからなんですけど、お給金を入れて当然のように考えられるのは……癪ですね。
「それが嫌ならわたし、今後一切お給金家に入れませんのであしからず」
「困るよっ!そんなの!今でもギリギリなのに」
あ、お父様は昔からこんな話し方です。子供みたいだと思うのですが、社交の場ではなんとか取り繕っているみたいです。
ギリギリねぇ……元々タウンハウスでは生活リズムが合わないこともあってふたりと食事することもなかったので、わたしの知らぬところで贅沢していたなんて気づきませんでした。
むしろわたしと同じくらいの食事や交際費におさえれば火の車どころか少し余裕があるほどだったんです。帰宅してすぐに使用人たちへの聞き込みや帳簿のチェックをしてわかりました。これも複写してお母様へ送っておきました。
だって下手したら子爵領の領民の方が良いもの食べてるんですよ!わたしのお給金を使わないということは食事のレベルもかなり落ちるはず。少しは反省してほしいです。
なんだかわたしひとりだけがせっせと節約していたなんて悔しいではありませんか……だからこその意趣返しです。
「そもそも、セレナはわたしが働いてお金をいれてることを知らないようですが?ギリギリだと言われる割りになぜ、セレナにも働けといわないのです?お給金ふたり分ならもっと楽に生活できるでしょう」
「マイラだってわかっているはずだよ?あの子、働きに出したら問題を起こして給金どころかこちらがお金を出すはめになるって知ってるでしょ。それにきちんとマイラが家計を支えていることは話したよ」
まぁ、容易に想像できますね。そして、お父様の話などろくに聞いていなかったのでしょう。
はぁ……思わずため息が出てしまいました。実はお父様も同じようなタイプでお金を稼ごうとすると騙されてろくなことにならない(過去に実績あり)のでお母様から社交に専念して儲け話はまずお母様に相談が義務付けられています。あ、お父様はお母様が大好きなので嫌われるくらいなら詐欺師たちにも上手く立ち回り逃げ切れるのです。ある意味正直すぎるんですが、お父様の人柄に惚れ込む方もいるそうで社交の誘いは多いそう。
「ではお父様は節約されてあの食事なのですか?」
「ん?僕はセレナの残り物を食べていたから節約に貢献してるよね?」
た、確かに……というかお父様、セレナの残飯を食べていたとは知りませんでした。実質セレナの食事代だったとはあきれて言葉が出ません。
「食事のことは使用人には僕が言ったんだから叱っちゃダメだよ」
「……では、あのドレスやアクセサリーは何ですか?」
「え?ひとつ買うよりふたつ買ったほうが割引きしてくれるんだって!だから姉妹で分けたらいいと思って……セレナはそうしますわって言ってたけど」
セレナがすべて自分の物にしていたということですね……お父様、節約が空回りしていますわ。
「お父様、節約はそうではなく食べきれない量の食事を出すのをやめ、贅沢品とされる食材を控えるとか、ドレスやアクセサリーは古いものを仕立て直すとか安くすむ方法はたくさんあるんですよ」
「そうなんだ!」
すごくキラキラした目ですね……たいしたこと言ってないんですけど。
「お父様、しばらくわたしが家計を預かることにします」
「うん、それを見てやり方を学べばいいんだねっ?」
学んだとして、家計を任せられるほどになるかは疑問ですが……
「では、今後一切わたしのお給金で妹のものを購入しないということでよろしいですね?」
「わ、わかったよ。頑張って伝えてみるね……それより、マイラは平気かい?」
「お願いいたします。わたしですか?ふふっ、なぜだか清々しい気分なのでご心配なく。それと、新しい縁談を探そうとか考えないでくださいね」
「で、でもさぁ……」
「今の状況ではろくな縁談は来ません。それならば仕事に生きます!」
適齢期ギリギリですしどうせ、介護要員の後妻とかそういう類いの縁談しか来ないでしょう……持参金が期待できないのですから当然とも言えますが。
女性でも定年まで働けるという稀に見る良い環境の職場に勤めているのです。わたしひとりならば十分に暮らしていけるので、将来子爵家を継ぐ弟に迷惑をかけることもないでしょう。
「それからお母様にお手紙でセレナがわたしの職場でやらかした婚約破棄までの流れとタウンハウスでの帳簿についてはすでに伝えましたので」
「そんなぁ。僕から伝えるつもりだったのに……会いにいく口実が……」
「では、わたし明日も仕事がありますので失礼します」
「うん」
お母様はお祖父様が頼み込んで嫁にしたお方だそうです。
お母様は自身で領地経営ができることを条件に子爵家嫁ぎ、嫡男で弟のマリウスをお父様のようにならぬようビシバシしつけているそうです。幸いにもマリウスはお母様似なのであまり心配は要らないかもしれません。
お母様の経営手腕のおかげで建て直しかけている子爵領でしたが、いつの間にか稼いだお金以上にお金がなくなりなかなか貧乏から抜け出すことができない思っていたら、お父様(の節約空回り)と妹のせいだったのですから少しはお母様にお灸をすえられればいいのです。
◆ ◆ ◆
その後……セレナと元婚約者のアホン・ダーラ様は婚姻しましたが、わたしがタウンハウスの家計を預かり、お給金を妹のために使わないとお父様と約束したと聞いたお母様も最低限の分しか支払わないと決めたそう……本人達の望んでいたきらびやかな結婚式とは程遠くなりました。
なんでも子爵家の将来のためにはこうすべきだとか……よほど館長の手紙に説得力があったようです。
実は旗色が悪くなったセレナはなんだかんだと理由をつけて婚姻を先延ばししようとしていましたが、噂が先回りしてふたりの婚姻延期はできなくなったのです。
その噂とは……『なんでも勢い余って既に契約の儀をすませた』というもの。
契約の儀とは貴族間でまれに行われる儀式で、儀式を済ませると婚約破棄はもちろん離婚もできず一生添い遂げなければならない重たいもの。それ以外の契約についても破ると天罰が下るんだとか。ですから最近ではよっぽどのことがなければ契約の儀式はしないそう。
その上、噂の証人が伯爵家でも逆らえないほど偉いかたばかりで、それを嘘だと言う=偉いかたを嘘つき呼ばわりなので黙るしかありません。
それに伯爵家でもいくらなんでも2度も婚約破棄、さらに相手は姉妹となればどう噂されるかわかりません。ふたりを結婚させ領地でおとなしくさせておくことを選んだようです。
結婚式ですか?もちろん参加させていただきましたよ?
だって、ふたりが『たとえ婚約者が自分から妹にかわっても姉は妹を心から祝福しているってことが分かるように』って言っていたので。以前では購入を躊躇したであろう流行りのドレスを身に纏い、きちんと心から祝福させていただきました!
え?セレナの恨めしそうな視線なんて知りません。なんせ、真実の愛だそうですから……
たとえ、大好きな社交の場に出られないとしても、贅沢な暮らしができなくとも真実の愛で乗り越えてくれることでしょう。
姉はそう信じますね。なので、こちらには関わってこないでくださいね。支援は一切いたしませんので。
お父様も次に問題を起こしたらマリウスに爵位を譲ると宣誓書を書かされ(契約の儀式はしませんでしたが)、領地で監視付きの生活となったらしく……お母様のそばにいられると嬉しそうに過ごしているそうです。
本人曰く、社交に専念しろと言われてたのでお母様のそばにいたいのを我慢して王都で社交頑張ってたんだとか……
いろいろとありましたが、わたしは理解ある人々に囲まれ今日も楽しくお仕事しています。
◆ ◆ ◆
その舞台裏では……
ひとりを一途に想う館長は作戦を考え……
社交界の花と囁かれる公爵夫人は場所を用意し……
人気小説家は忘れられかけていた契約の儀をテーマの恋愛小説や女性の社会進出を題材にした小説を売り出し、やり手の商人はそれを王国中に瞬く間に広め……
先代王の右腕として名高い元宰相の隠居の老人は噂をながし……
それぞれがマイラを思い、役割を果たしていた。
元々は女嫌いで堅物の王弟が恋をしたらしいと聞きつけ、恋の行方が気になり通いだした暇人たちだが、通ううち新たな趣味(読書やマイラを愛でる、王弟をからかう)に芽生え、図書館のなかでは年齢も性別も身分さえ越えた仲となった。
その他の常連たちやマイラの同僚も嬉々として協力し、あっという間に噂が真実とされたのである。
彼女には知られずにすべてやり遂げたのだ。ちなみにマイラの母は王弟側につくことで計算高く立ち回ったのである。
そして、暇人たちのお目当てだった王弟の恋が叶うかどうかは……可能性はあるとだけ記しておこう。
婚約破棄されてしまいましたが、全然辛くも悲しくもなくむしろスッキリした件 瑞多美音 @mizuta_mion
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