婚約破棄されてしまいましたが、全然辛くも悲しくもなくむしろスッキリした件

瑞多美音

前編

 

 「マイラ・フワン!お前との婚約を破棄する!」


 わたし、マイラ・フワンがいつものように働いていると、婚約者のアホン・ダーラ様が突然訪ねてきたと思えば開口一番、意気揚々とそう宣言した。

 わざわざ仕事場までやってくるなんて何事かと思えば……はぁ。


 それだけも驚きなのに……アホン・ダーラ様の隣にはわたしの妹であるセレナが腰に手をまわされ、まるで恋人のよう……いえ、娼婦のようにぴったりと寄り添っていた。妹にその言いぐさはないだろう?……だって、他に婚約者がいる男性と腕を組むことすら破廉恥とされるんですから。そのくらい言われても当然です。


 「ふふ。ごめんなさい、お姉様。アホン様は本の虫のお姉様よりわたくしを選んでくださいましたのっ」


 本の虫って……たしかに王立図書館で働いておりますし、本は大好きですけど、このお仕事がなければ我が家の家計は火の車ですのに。



 「そういうことだ。婚約は我がダーラ伯爵家とフワン子爵家の繋がりを強くするためのもの。君ではなく彼女と結婚しても、家同士の約束を破ったことにはならない。俺はセレナと真実の愛を見つけたのだ!」


 

 元々、この婚約は父親同士が学園の同級生ということもあって交流が盛んで、お互い子供ができたら婚約とかいいよねー!これからも仲良く事業を協力しましょうね。という理由で行われたのだ。

 


 確かに家同士の約束を破っていないという意味では結婚するのはわたしでもセレナでも問題ないかもしれませんが……他の問題が山積みな気がしますけど?

 最近は全然、結婚話が進まないなぁ……お仕事も楽しいし、それはそれでいいかとも思っていましたけど。



 「……ご両親はなんと?」

 「そんなのはこれからだっ!」

 「きっと、お父様ならすぐにわかってくださいますわ!」


 ほんとうにそうかしら?


 「ふんっ!お前のような地味な女なんかより美しいセレナの方が良いと言うに決まってるだろっ!」

 「きゃあっ!アホン様~」



 たしかにわたしの格好はかなり控えめです。茶色の髪も瞳も目を引くわけではないですし、図書館で働く上で匂いのきつい香水も派手な服装もそぐわないと考えているため、知らない人が見たら子爵家の令嬢に見えないかもしれません。


 それでも学生のころは身だしなみに気も使っていました……子爵家が裕福でないとはいえあまりにもみすぼらしい格好はできませんので。

 家名に泥を塗らないためにも夜なべしてドレスのリメイクも頑張りました。


 一方、セレナといえば自慢の金髪には宝石ついたアクセサリーを。さらに流行のドレスを身に纏っていて実にきらびやか……何故でしょう。その代金をどこから出したのかとても気になりますね。


 今でもおしゃれに興味がないわけではありませんが、なにせ学生時代より家計が火の車(なぜか目の前の妹が答のような気がしてきました)なので多少地味であろうが職場で使えるように服を購入するしかありません。

 それでも流行りに乗り遅れないよう袖や襟に刺繍をしてみたり工夫は凝らしているのですが……宝石の煌めきには到底かないませんね。


 そりゃあ、きらびやかな社交界が好きなアホン・ダーラ様からしたら苦言はしても褒め言葉などめったに言わないわたしよりもきゃあきゃあと耳障りの良い言葉を並び立て、褒め称えるセレナを選びたくもなるかもしれませんねぇ。


 「それに毎日毎日図書館へ遊びに行くようなお姉様より、アホン様と社交が出来る私の方がよっぽどいいでしょうっ?」

 「そうだなっ!お前にはこの薄暗い場所がお似合いだっ」


 いやいや、本が痛まないように全体的に薄暗くしてありますけど、読書スペースはそんなに暗くないですし……ひとつひとつの調度品は我が家が手を出せないような高価なものですよ?

 それにこの図書館全体に防犯魔法、防虫魔法、などなどかなり高度な魔法がかけられていることで有名なんですが……その目はガラス玉かなにかでできているのでしょうか。

 あらら?遊びに来ているっていいました?……そもそもわたしが働いていることをご存知ないのかしら?そ、そんなまさか……ね?



 「あの、わたしは遊んでいるのではなくて図書館で……」

 「ああっ!そうでした!遊びではなくお勉強ですよね?」

 「とっくに学園を卒業したというのにまだ勉強とは……女のくせに。それなのに俺に合わせようと努力もしないとはっ」


 あー、やっぱり教えたはずなのに聞いていなかったんだわ。いえ、都合の良い風に解釈したのね。

 それにこの発言……これはいまだに根に持ってるんだわ。

 というのも王立学園に通っていた当時……アホン・ダーラ様、ほとんどの試験でわたしより順位が低かったようなんです。試験結果が張り出されるので隠蔽のしようもありません。

 その頃からでしょうか?何かと『女のくせに』とか『でしゃばるな』とか言われるようになってしまいました。在学中には女は馬鹿なくらいがいいんだなんて話しているのを聞いたこともあります。

 プライドの塊のようなのアホン・ダーラ様には婚約者より下というのが我慢できなかったのでしょう……努力なさればよかったのに。わたしは将来を見据えて努力いたいました。


 「とにかく地味で陰気なお前の姿など見たくないのだ!そんなのと毎日顔を会わすなんてゾッとするわ!」

 「あ、でも結婚式には参加してくださいね?たとえ婚約者が自分から妹にかわっても姉は妹を心から祝福しているってことが分かるように」

 「うむ。そのときは我慢してやろう」


 なんだんだ。このふたり……あまりの話の通じなさになんか変な薬でも盛られたのかと一瞬でも考えてしまったわたしは悪くないと思いたい。


 当のふたりは自分達の思いのままに上手くことが運んだと有頂天のまま去っていきました。ベッタリと密着しながら……


 あーあ、ここ図書館なのにそんなに大声で話したらあっという間に噂の的になってしまいます。

 セレナ、社交が出来る私とか言ってましたがこの有り様ですか。ここだって十分社交場になり得ることもわからないとは……


 働くなかで親しくさせていただいてる方もたくさん増えました……社交界の花と呼ばれる方や自称研究馬鹿と言っておられますが実際はやり手の商人さん、巷で大流行している自身の著書をこっそり棚に置いていく人気小説家さんや本も好きだが図書館にかけられている魔法にも興味津々の隠居のご老人などなど……マイペースな方が多いですけど。

 これでも図書館を通じて人脈かなり広くなったという自負もあります。

 まあ、図書館にいらっしゃるかたは年齢性別身分など関係なく勉強熱心な方が多いのが特徴で、セレナと話の合うかたは少ないかもしれませんが。


 

 「はぁ……」


 すこし落ち込みながら、これからどうするべきか考え込んでいるといつの間にか顔馴染みの皆様に囲まれていました。


 常連さんですからやはりいらしてたようで先程の騒ぎを聞かれてしまいましたね。あれだけの大声です。仕方ありません……


 「皆様、お騒がせして大変申し訳ありません」

 「マイラちゃんはなにも悪くないでしょう!」

 「うむ」

 「といってもわたしの関係者が騒いでますし……」


 皆様の邪魔をしたことは確かなんですよね。同僚にも後で謝っておかなければ。



 「心配することないわ!わたくしに任せなさいっ……女のくせになんてもう二度と口にできないようにしてさしあげるわ」

 「うむ。それはいいのぉ」

 「あ、あの!僕も小説で女性の地位向上を書きますっ」

 「婚約者にあんな仕打ちをしてその上の妹と新たに婚約するとは……」

 「ちょっとねぇー。あり得ない話ではないけど公の場で告げるのは……」


 「「「ないな」」」


 皆様いっせいに頷いておられます。


 「そうですよね。しかもわたしの職場に迷惑がかかるとも気づいてない……あら?職場だと知らなかったんでしたか」

 「しかし、職場だと気づいていないとしても公の場で告げている時点で君を侮辱しているよ。だが、もしなにか言われても君の過失はないと私たちが証言するから安心なさい」

 「館長……」

 「そうよ!解雇とかそう言うのは絶対にさせないから安心なさい」

 「うむ。マイラちゃん、その辺はわしらに任せておくとよいぞ」


 皆様のおかげで職を失う心配もなさそうです。ほんとうに得がたい方々ですね。


 「今日はゆっくりと休みなさいと言いたいところだが、あの妹がいてはゆっくりもできないな」

 「両家にはこれから話にいくと思いますし帰らないわけにも……」



 あら?そういえばアホン様に婚約破棄されて辛いとか悲しいとかそう言う感情はわいてきませんでした。


 ふふ。なんだか吹っ切れてしまいました。思えば婚約破棄されてもわたし特に困りませんね。

 確かに噂にはなって傷物扱いかもしれませんが、幸い上司や同僚に恵まれた仕事はありますし、アホン様に罵倒や侮辱を受け振り回されるよりよっぽど楽しそうです。



 「皆様……わたし全然つらくないんですが変でしょうか?むしろ、解放されてわくわく……」

 「あら、それはよかったわ!」

 「うむ」

 「とにかくお母様へ手紙を出しておこうと思います。セレナたちが歪曲して話を伝える前に」


 思い立ったわたしはその場で手紙を認め、特急便で領地のお母様へ送ることにしました。


 「それならば、これも一緒に送るといい。こちらの話が真実だとわかってもらえるはずだ」

 「ありがとうございます」


 館長が差し出した手紙もありがたく一緒に送らせてもらうことにしましょう。館長の身元は皆が知るものですし、わたしひとりの手紙より信憑性が増すと思います。

 


 皆様に応援され、同僚にもこちらは任せなさいと送り出され……覚悟を決めお父様とセレナが待つタウンハウスへと帰宅しました。


 帰宅してすぐに呼び出されるかと思いましたが、ふたりはまだのようです。それならば、気になっていることを調べあげてしまいましょう……ふむ。やはり睨んだ通りでしたか。


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