第05話 撮れた、なぞの写真
「ああ、言い忘れておりました。舗装されていたのはあの道だけで、他の道は徒歩のほうがいいですよ。とにかく道が悪くて、危ないですからね。この三日か四日前に、スクーターに乗っていたお年寄りが転倒したって話ですよ。病院までご近所さんが車で送ってあげたそうです」
お寺を出るときに、住職さんが慌てて私たちに託けた、その言葉の意味……今身をもって実感してるわ。
ホントこの道路、嫌になるわ。古くてヒビ割れだらけで、自転車も走ったら危ないんじゃないかしら。道路のヒビ割れから、背が高くて固めの雑草がびっしり生えてて、歩いててもつまずきそうになる。
なんだか、私が想像していた「隠れ里」とは、かけ離れているわね。水がなみなみと張った田んぼや畑がいっぱい広がってて、みずみずしい植物や、実り豊かな稲穂がびっしり植わってて、っていう感じだったんだけど……ここはどこも乾ききっていて、丈夫そうな雑草がもさもさに生えていて、たぶん以前は田んぼだったんだろうなぁって感じの、四角く区切られているそこには、どろっどろに濁った水が少量溜まってて、異臭がしてる……。
もう農業は、やってないんでしょうね。いい写真も撮れなさそう。住職さんに紹介された、古民家を改築した民宿っていうのが、エモいことを祈るばかりだわ……
やる気が削がれそうになっているのを、頑張って持ち直している私の後ろで、カシャ、と軽快な音が鳴った。
振り向くと、今どきなハイブリーチを風になびかせながら、一眼レフを構えた鵯君の後ろ姿があった。
もう一度、カシャ、とカメラが鳴った。
私は鵯君の脇ごしに、来た道を眺めてみたけど、特にときめくようなモノは何も見つけられなかった。
「鵯くん、何か面白いもの見つかった?」
「うん、なんか、撮りたくなって」
「そうなの。転ばないようにね。ここは足場が最悪だから」
「先輩もヒール、挟まないようにね」
そう言って、鵯君は軽くしゃがむと、またパシャリ。
……なんか、自然に力を抜いている感じがするその背中には、ちょっと嫉妬しちゃうかも。じつは彼、カメラとかパソコンを熱心に学んできたわけじゃないらしいけど、さらっとすごいものを作っちゃうことが多々ある。私が駆けずり回って、必死でスタジオを作って、ようやっと切り取った至高の一枚が、朝の通勤時にたまたまパシャっと撮ったと言う鵯君のデータに、負けたことがあった。あの時のショックときたら、空腹なのにお昼が食べられなかったほど。
彼の事は嫌いじゃない。むしろ、日本の社会に溶け込めるくらいには、大人のルールを学んでほしいと思ってる。彼は伸びるから。でも、彼を育てられる人なんていないんでしょうね。天才は勝手にヒノヒカリを浴びながら、すくすくと伸びていけばいいわ。
今回の写真は、彼が気の向くままに適当に撮ってるだけかもしれないから、念のため写真データは見せてもらうけど、あてにしないでおきましょう。さすがの天才クンも、あんなヒビ割れた細い道路で何が撮れるって言うのよ。
ん? ……あんな道脇に、屋根付きのバス停がある。え、でも、こんな細い道路にバスなんか入れるわけないじゃない。脱輪しちゃうわよ。あ、バス停っぽく見えるデザインの、休憩所なのかしら? でも、壁に時刻表みたいなのが、貼ってあるけど……遠目からだとそう見えるだけで、町内会のお知らせポスターかもしれないわね。
なんにせよ、確認するのは仕事が終わってからだわ。社会人たるもの、仕事と探偵ごっこは分けないとね。
「あれ~? 先輩、なんか変なの撮れました」
鵯君が、撮ったばかりのデータを確認しながら走ってきた。
「ちゃんと前を見て走りなさいよ、つまずいて転んだら大変よ、カメラも傷ついちゃうし」
「カメラバカな先輩は、カメラの心配しかしてないっしょー。あーはい、すみません、次からは気をつけますから睨まないでください。とりまコレ、見てほしくて」
棒読みの謝罪、そしてせわしなくデータを私に見せようとする鵯君。
「あれ? 間違えて消しちゃった」
「ええ? も〜、行くわよ」
私もちょっと楽しみにしていただけに、余計がっかりした。先を歩く私の隣を、慌てて走って並ぶ鵯君。不服げに口をとんがらせている。
「さっき確かに、ボロボロの服を鳥みたいにバサバサさせてた、ちっちゃい子供が映ってたのに」
「なにそれ、怖い冗談言わないでよ……カカシの見間違いでしょ〜?」
「そう、なんですかね……」
納得いかない顔で元来た道を戻ろうとする、その首根っこを掴んで、
「ほらほら、お仕事に集中してちょうだい」
彼に仕事モードに切り替わってほしくて、隣を並んで歩かせた。
因習たくさん村で大スクープ撮って殺されるモブに転生しました。 小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中) @kohana-sugar
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