第04話   撮影してほしい古民家とは

 封筒から丁寧に取り出された、一枚の地図。ほーんとボロッボロでシミだらけで、紙じゃなかったら洗濯したいくらい。


 住職さんが、節くれだった指で地図を丁寧に指し示す。


「こちらのですね、私が指で示している箇所にですね、大きなお家があるでしょ? ここのお写真を撮って、見たまま感じたままに、雑誌に掲載していただきたいのです。私も詳しい事はよくわからないんですけど、若い人たちがとても頑張って回してくれているお店でして、本人たちもネット環境さえ整っていればなぁと宣伝に苦労しているのです。そこで、地域で一肌脱ごうと思いましてね」


 住職さんの話は、電話で受けた取材内容と同じだった。この集落では、コンビニと、それから新しくできた古民家があって、コンビニは村人全員が利用するから、まぁよっぽどの赤字がない限りつぶれないとは思うんだけど、問題は古民家なのよね。


 古民家なのに新しくできた建物っていうのは、そもそもあの建物にはもともと誰も住んでなかったんですって。でも朽ちるどころか、いつも誰かに大事にお手入れされているかのように美しくて、お庭も綺麗なままで、そのあまりの美しさに魅入られた数人の若い男の人が、ここを宿泊施設に改築したの。でもねぇ、立地条件がここでしょ? 誰が来るのかしら、お寺とコンビニしかないのに。


 ……そこで呼ばれたのが、私たちってわけ!


 ちなみに都会からここまで来るには、電車を乗り継いで、最寄りのレンタカーを借りて、長時間山の中を移動して……ってな感じ。正直なところ、うちで特集しても通行の便をなんとかしない限り、あんまり流行らないと思うわね……まあ、引き受けた仕事だから、全力で頑張りますけども。


 ネット回線が悪いっていうのも、最悪のポイントなのよね〜。いまどきスマホの電波も入らないなんて、そんなことある? もしかして私のスマホの具合が悪いの? 修理に出さなきゃいけない? ハァ〜。


「あのー、俺、古民家とかよくわかんないんすけど。どういうコンセプトでやってる店なんですか?」


「コンセプト、ですか?」


「はい。一応、先輩からいろいろ聞いてたんですけど、住職さんの口から聞きたいのと、やっぱり現地で生活してる人の事前情報が、聞きたいなぁっていうのがあって。住職さん的に、あの古民家ってどんなふうに思ってるんですか? 地域に愛されてるって感じします?」


 ちょっと鵯くん……住職さんだって大人なんだから、正直に言うわけないでしょ。こんな所で何かが成功するわけないって、ばっさり言うような人だったら、私たちに依頼なんかしてないわよ。


 まあ、私たちだってプロですし? お金出して任せてもらってる限り、全力でサポートするし、少しでも古民家の知名度に貢献できるなら頑張っちゃうわよ。でもね……積み上げてきた人生経験上、わかっちゃうのよ、何してもダメな所はダメだって……。


 あー、ほら、住職さんが「ふむ……」とか言って考え込んじゃったわよ。やっぱり住職さんも心の中では、上手くいきっこないってわかってるんでしょうね。


「そうですね、コンセプトはー、たしか、和風な喫茶店と、ほんの少しの憩いの時間を提供できる、緩やかな宿泊施設……という感じでした。集まっている方々も、都会の大学の同期だそうで、地元の子では無いのですが、この場所をたいそう気に入って、盛り上げてくださると頑張っていますよ。お金のほうは、確かネットで集めたとか言ってましたね、クラウドファンディングでしたっけ? ありがたいことに、恐ろしい額の大金が集まったそうで」


「マジで? それ、やばい集団とかじゃないっすよね? 集まったお金、きれいなんですよね?」


「だと思いますよ。なんでしたっけねぇ、なんておっしゃいましたっけ、ネット配信者? そういう方々だそうで、普段は歌や演劇、それから、イラストや3D技術で、短編アニメなんかも作っているそうで、それがなかなかクオリティが高いとか。うーん、要所要所の単語は、私も聞き覚えがあるんですけど、3Dとか、アニメとか、具体的な事は何もわからなくて、ただ、思うんですよね、最近の若い人は、いろんな技術を身に付ける機会に恵まれていて、数名の同志が集まったら、何でも世界に向けて発信できるんですから、とんでもない時代ですよ。私が若い頃には、とても考えられなかった世界ですねぇ」


「動画配信者なのに、ネット繋がらない場所で商売やっちゃってるとか、おかしいっしょ? 拠点は別にあるのかな、いや、それでもなんか、上手く言えないけど変っすよね」


 私は小声で「住職さんを詰めても仕方ないでしょ」と制して黙らせた。


 どうやら取材先は、変わり者ばかりの天才クリエイター集団みたいね。古民家よりも、その子たちを取材したほうが流行るかもしれないわ。そもそも、そんなに有名人なら作品作りに忙しいはずだし、民宿を回してる時間なんてあるのかしら?


 ただの思い出作り、話題作りのためだけに、こんな流行りそうもない場所の民家を改造したのかも。売れてる子たちって、内心はすごく冷めてて強かなとこもあるから、この集落を自分たちの出世の道具としか思ってない可能性もあるわね……古民家だって、いつ廃業になったって構わないくらい、愛着ないのかも。


 ハア、とんでもない仕事を引き受けちゃったわねー。仕事にいい加減な気持ちを持っていたわけじゃなかったけど、この住職さんを介しての依頼じゃなくて、古民家の人たちと直接お話できる機会が持てたらよかったのに。なんでか古民家の人たちは、私たちと一切連絡してくれなかったのよね。住職さんも、古民家の電話番号がわからないとか言うから、連絡する手段が他になかったし。


 ……でもまぁ、天才クリエーターたちとコネができるチャンスは、大事よね。冷酷で強かな人たちかもしれないけど、これも私の飯の種よ。何かあったらいつでも取材させてくださいねって、にっこり微笑んで名刺を交わすぐらいは許されるんじゃないかしら。


「古民家の方々とは、私どもではご連絡がつかなかったんですけど、住職さんのお名前を出せば、取材に応じてくださるんですよね?」


 ちゃんと古民家側に話は、つけてあるんですよね??? まさか住職さんのお節介が勝手に暴走してるんじゃないわよね。


「はい、いつでもお待ちしているそうですよ」


 私たちは住職さんの紹介のもと、もう一度地図をお借りして、早速現場へと歩いて向かった。


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