第03話   あの封筒の送り主

「若い人どころか、そもそも人がほとんどいない集落ですので、掃除の手も回っておらず、いやはや、お恥ずかしい限りです」


 住職さんは照れ笑いしてるけど、そのわりには、お庭はしっかり手入れされていて、松の形もキレイだし、ツツジは白もピンクも咲いてて、とっても可愛い。丁寧に水面の波紋が描かれた枯山水だってある。目印になるほど大きなお寺だし、もう充分この土地のシンボルよね。


 人の気配は、その、たしかに、皆無と言っても過言じゃないんだけど、落ち葉掃きしてくれる庭師さんとかハウスキーパーさんを定期的に雇ってるのかも。今日は私たちが来るから、特別に気合を入れてキレイにしたのかもしれないわね。


 お寺の広い玄関へ入った瞬間、赤々とした大ボリュームの生け花が飾ってあって、そのあまりの鮮やかさと妖艶さに、私は圧倒されてしまった。


「あの、この生け花は? とってもパワフルですね」


「ええ。華道を生業としている人が、いらっしゃるんですよ。その人に頼むと、大概真っ赤っ赤にされますから、元気が欲しい時や、気分転換、いつもと違う雰囲気を楽しみたい人は、彼のもとを訪れますね」


「ああ、男性の方なんですね。へえ、こんなに大胆で繊細な作品を手がける方がいらっしゃるなんて。今度その人にも取材の申し込みをしたいですね」


 私は半ば本気で言っていた。この花をパシャリと納めてしまったら、絵ハガキだろうが何かの特集の扉絵だろうが、一発オーケーもらえる気がする。周りとの調和は無視されてるけど、それが許されるくらい、作品そのものから圧倒的なカリスマが溢れ出てるの。このお寺が黒々としてなかったら、よっぽどお金かけた豪華なホテルでもない限り、この華美さはヤバイわね。私のアパートにこんな作品が来たら、すべての元気を花に吸収されて、部屋がますますボロく見えるわ……。


「俺はこの作品、好きじゃないっすね」


 ……はぁー。この歯に衣着せぬ物言いは。私はもう慣れたんだけど、住職さんはびっくりしちゃうわよね。あー、やっぱりびっくりした顔で振り向いてる。彼の代わりに、私が謝らないと。


「すいません、この子ちょっと偏った感性した外国育ちで。日本の侘び寂びとか、生け花とか文化とか、けっこう否定的なんです。社員総出で根性を叩き直してる途中でして、大変申し訳ありません」


「ああ、外国の方! それなら日本の文化に馴染みがないのも、仕方ないかもしれませんね」


「新人教育も兼ねて連れてきたんですけど、もうただの荷物持ちだけさせておきます。なるべくしゃべらせないようにしておきますので、何卒お許しください」


「え? ハハハ、いいんですよ。私もお寺の修行で遠くまで出ていたことがあったんですけど、日本の侘び寂びに眉をひそめる外人さんも、それなりにいたんですよ。初めて体験することや、すぐに理解するのが難しい内容には、拒否反応を示されることもあります。今日のお仕事が、鵯さんにとって良い体験になってくれることを願います」


 朗らかに許してくれる住職さん。うぅ、ありがとうございます〜!! 私は何度もお礼を言って、同時に鵯君の後頭部をガシリと掴んで、無理やり頭を下げさせた。


「やめてくださいよ先輩、禿げるって。パワハラじゃないですか」


「パワハラしてるのは、あんたもでしょ! 後輩だからって、いつまでも私たちに甘えてんじゃないわよ! フォローするのも限界があるんだからね!」


「え? 俺何かしましたっけ???」


 こンの野郎は……まぁいいわ、いつまでも玄関でギャーギャー騒いでるわけにもいかないし、住職さんも苦笑しちゃってるし、これ以上困らせちゃいけないわ。


 玄関で靴を履き替えて、本当に見事な生花を横目に、住職さんにお寺の奥へと案内されていった。黒光りする長い廊下や、クモの巣一つない高い天井。いかにも格式高いお寺って感じがするわね。宗派は何かしら、たしか事前に調べてきたんだけど、ド忘れしちゃったわ。メモしてあるから、まあおいおい話題にしましょうか。


 途中でお寺のメインとなる広い仏間を通り過ぎる際、大きな仏様からどどーんと見下ろされてることに気づいて、思わずカメラを向けそうになったわ。だめよ私、無許可でバシャバシャ撮っちゃ、その所有者や被写体に失礼だもの。フラッシュがどうのとか、そういう問題じゃないの、それ以前の問題なのよ。


 人には、残してもらいたいモノ、細心の敬意を払って接して欲しいモノ、そして絶対に撮ってほしくないモノ、いろんな事情があるんだから。若い頃の私はバカだったから、スクープだって思ったり、これはすごいって感動したら、すぐにシャッターを切っちゃって……製作途中の作品は撮らないでって、とある芸術家さんから怒られたのを思い出すわ。


 鵯くんもおとなしく口をつぐんでてくれて、おかげで平和に仏様の前を通り過ぎることができたわ。今日の私たちは法事とかじゃなくて、仕事の依頼だから、仕事の件を優先しないとね。後でしっかりと仏様にも両手を合わせて、お礼をお伝えいたします。


 住職さんに案内された応接間には、ピンク色の薄い敷物が敷かれていて、誰かがストーブでやらかしたのかしら、一カ所だけ焦げてた。


 お寺って、いろんなところに戸口があって、窓も大きくて、それらを開けちゃえばどこからでも風が入ってきて、クーラーいらずよね。虫も入ってくるけど。そういうわけで開放感満載の応接間で、私たちはパイプ椅子に座り、テーブルの上に置かれたお菓子と、後から奥さんが運んできてくれた冷たいほうじ茶をいただきながら、早速お仕事の話に入ったわ。


 お寺には畳に正座ってイメージがあったんだけど、最近は足を痛めているお年寄りが多いから、要望がない限りはこうやってパイプ椅子を勧めるようにしたんですって。


「さて、記者さん。私が送った封筒はお持ちですか?」


「はい、もちろんですよ」


 私は手提げ鞄に大事にしまっていた、ものすごく古くてボロボロに汚れた茶封筒を丁寧に取り出して、テーブルに載せた。封筒の表に、かろうじて読める薄さの達筆な文字で、お寺の住所が書いてあって、そこから昔の電話帳を引っ張り出してきて、なんとか電話番号を探し出して、ここまで来れたってわけ。


 あの薄い文字の住所は、この住職さんが書いたのかしら? こんな古くていつ砕け散ってもおかしくない、古い古い封筒に……? せめて新しくて大きな封筒に納めるべきじゃないかしら。よくうちの職場に届いたわよねー。少しでも引っ張ったらバリッといくわよ、これ。


「では、一度お預かりいたしますよ」


 住職さんは封筒を手に取って、中身を丁寧に丁寧に取り出した。手書きの古い地図だから、バリッと崩さないように、これまた丁寧に丁寧に広げて見せてくれた。


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