第02話 ようこそ、フツウ村へ
少しでも車を出しやすいようにと、鵯君は駐車場の出入り口付近に駐車してくれた。道中ほんとに誰にも会わなくて、民家だって見当たらなくて、発見したのはこのお寺だけ。
見たところ相当に古いお寺みたい。建物に使われている木材の全部が、年月と雨風にさらされて黒く硬い木炭みたいになってる。いいわね〜、例えばカメラの画角にキレイなタンポポを入れてさ、その後ろにお寺を入れてピントが合うか合わないかのギリギリで撮影したら、素朴さと幽玄さが相まって、味のある風流さまで醸し出せるわ。そのまま雑誌の表紙に使ってもらってもいいくらいエモい!
辺りはとても静かで、私たちが立てたエンジン音だけが、唯一の不自然さだった。お寺の住職を呼び付けてしまうくらいに。
「ああ、取材の方々ですね。ようこそ、フツウ村へ。お待ちしておりましたよ。ご連絡くだされば、出迎えましたのに」
そうよね、住職さんの言うように、到着する少し前に連絡を入れるのが大人のマナーよ。だけど私たちにはそれができなかったの。
私は車から降りると、胸ポケットのスマホを取り出して、画面を表示させてから住職さんに見せた。
「申し訳ございません。弊社は最新のスマートフォンを支給されているのですが、この森に入った途端に、圏外になってしまって……こんなこと初めての事態でして、連絡を取る手段が他に思いつかず、このような形で参上してしまいました。本当に申し訳ありません」
深々と頭を下げる私に、住職さんが慌てた。
「いやいや、いいんですよ。ご無事で到着されて何よりです。今、家内がお茶を沸かしておりますので、どうぞ中へ。本日はよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、いきなりの取材の話を快く受けてくださり、ありがとうございます。今日はよろしくお願いいたします」
互いに、ぺこぺこ。よかった、優しそうな住職さんで。時間ぴったりに到着できたことが、プラスポイントになったかな。
……あれ? 鵯君が車から出てこない。私としたことが、部下を置き去りに取材対象者と話し込んでしまうだなんて。
「鵯君、何してるの」
「あー、ダメだ、ここパソコンも繋がらない。撮った写真をすぐに編集部に送りたかったのに」
「あら、機材の確認をしていたのね。あなたも一度車から出て、住職さんにご挨拶して」
「はーい」
鵯君は膝の上に広げていたノートパソコンをパタンと畳んで、カバンの中へしまってから車を降りてきた。
「俺、鵯でーす。よろしくお願いしまーす」
住職さんがびっくりした顔で、鵯君を見上げていた。彼、身長が百八十五もあるのよね。私も初対面の時はびっくりしたわ、そして彼の態度にもっとびっくりさせられたわ……。
「ずいぶんお若い方ですね、バイトさんですか?」
「いえ、正社員っす。今はこの人の部下やってます」
「そうだったのですか、それは失礼しましたね。えーと、それじゃあ、家内がお茶を沸かしてますので、中に入りましょうか」
住職さんは、ちょっと鵯君に苦手意識を持ってしまったようで、笑顔が引きつってた。まあ、このぐらいの年代の人だったら、そうなっちゃうのもわかる気がする。脱色まっしろハイブリーチに、銀のピアスジャラジャラ、目はお母さん似なのかキレイなブルーで、肌は透けるように白い。そして顎の下から見えるのは、最近入れたとか言ってた蛇の刺青……うーん、部長に押し付けられてなかったら、ちょっとTPO的に、連れてくるのはまずい子だったわね。
まあ、住職さんが朗らかな方でよかったわよ。怖がられたり、「なんだその格好は! けしからん!」なんて激怒されなくて、本当によかった。
さて、気を取り直しまして。私と鵯君は、先を行く住職さんについて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます