最終話 俺はラブコメ主人公
「ふむ。未使用ではない? では使った相手が違うと? おお、なんと罪深い。じゃあ、誰とお試ししたんだい?」
違う、その違うじゃない。くそ、マジで言葉の魔法使いだよ、この人。どんどん話があらぬ方向に拡散してしまう。
「そうなんですか? 萌々子以外に、誰と使ったのですか? 誰とお試ししたの!?」
萌々子、頼むから話の拡散を拡大させないでくれるかな?
「……そっか。岡本さんだけじゃないんだ。そういう関係の人がるんだね。マメくん、そーゆー人だったんだ……」
近藤さんまで。
「ひどいお兄様! 萌々子を裏切ったんですね!」
「そうなの? マメくん」
失望と怒りと絶望を足して三で割らない感情を込め、二人が俺を睨みつける。
「美少女二人を失望させるとは、罪深い人だなあ、キミは」
「だから、してないっ! 萌々子とも近藤さんとも使っていないっ!」
「じゃあ、誰と使ったんだ?」
「だ・か・ら! してねーっ! さっきも言ったでしょ! 一人で装着訓練したんだって! 誰とも使ってねーんだって! 単につけただけ! いざその時に失敗しないように、練習しとけって言われてですね……」
なんでそんな悲しいことを告白せねばならないのだ、俺。
「とりあえず、キミに返そう。練習にも本番にも必要だろう」
再び、アリス部長がブツを天高く掲げる。
「そして……選ぶんだ。誰と使うか」
「は? 何を言っているんですか? なんなんですか? マジ、セクハラですよ! 使う相手を選べ? ここで? 近藤さんと萌々子に失礼でしょ!? いくらなんでも、ふざけすぎです!」
もうアリス部長の言葉は聞きたくない。表情も見たくない。我慢の限界だ。
「いい加減にしてください、アリス部長!」
「確かにそうだ。悪乗りしすぎたな。ごめん。私が悪かった」
意外なことにアリス部長が折れた。
「しかしだな」
いつものふざけた声ではない。真面目なトーンで話を続ける。
「だが、一番悪いのはキミだ、遠藤君」
「どうして俺が一番悪いんです? この期に及んでまだふざけないでください!」
俺は問い詰めた。だがアリス部長はひるまなかった。
「何もしてないから悪いんだよ、遠藤君。キミ、萌々子ちゃんの気持ち知ってたよね?」
「そ、それは……」
その言葉、近藤さんからも言われた。
「かつ、近藤君の気持ちにも気がついていた。近藤君がキミに告白する以前からね」
「告白されたのお兄様!?」
「そうなんだ、萌々子くん」
俺の代わりにアリス部長が答える。
「近藤君はかなり前から遠藤君が好きだった。去年、地区大会で写真を撮っただろ? いかにもふざけてますって顔で近藤君が遠藤君にしがみついたじゃないか? あのときの近藤君の表情、まさに恋する乙女だったよ。あんなことされて何も感じない遠藤君に、私は怒りを感じるほどだったさ」
近藤さんの耳が真っ赤に染まった。
そう……だったのか? あの時、すでに……俺のことを……?
「そんな近藤君にとって萌々子くんは脅威だった。萌々子君が遠藤君に恋している、そんなのは顔を見れば一目瞭然だ。誰だって分かる。分からないのはそこにいる、思わせぶりなラブコメ主人公遠藤君だけだ」
なんかムカつく言い方だな。
「事実だろ?」とアリス部長が俺に言う。そしてそのまま、皆の前に立った。
「ラブコメの本質とは何か。それは両片想い……ではない!」
いきなりの演説が始まった。
「ラブコメの本質、それは三角関係だ。どっちを選んでも悔いが残る、そんな関係こそ至高。ということで、この脚本を君らに捧げる」
——All the Young Dudes
「これが地区大会用の脚本さ」
「ちょっと待ってください」
近藤さんが口を挟んだ。
「アリス部長の脚本って、異世界ラブコメですよね? 私とマメくん、それは嫌だと言いましだよね? 私たちで書くと言いましたよね?」
「ああ、アレ。アレはダミーだ。あんなの、地区大会で上演するの無理だろ?」
なんだって?
「本命はこっちだ。君と近藤君、そして萌々子君をモデルに書いてたんだ。これで全国目指すぞ!」
「これ、萌々子も出てるんですけど……萌々子、入部しませんよ?」
戸惑う萌々子にアリス部長が悪魔的笑みで言う。
「大丈夫。入部届は偽造しておいた。文芸部にも話を通してある」
高輝度LEDも真っ青な光量でアリス部長の目が光った。
「えええ! 萌々子、聞いてません!」
「今聞いたじゃないか」
「そ、そんな!」
「小説は小説で書けばいいんだ。止めはしない」
戸惑う萌々子をほったらかし、アリス部長が近藤さんに近寄った。
「入部届偽造して悪かった。だがね、これは必要悪なんだ。私は演劇のためなら悪魔にだって魂を売るのさ」
意地悪く笑うアリス部長だったが、急に真剣な顔で俺に向き直った。
「演劇の話はともかく。本当にどうするんだ、遠藤君。キミはラブコメ主人公にしてリアル高校生。永遠にドタバタと三角関係を続けるわけにはいかないんだ。どうする?」
……ラブコメ主人公か。
確かにそうだったのかもしれない。萌々子と近藤さんの恋心に気がつきつつもぬるい関係を楽しんでいた。そう思われても仕方ない。実際そうだったのだろう。
ラブコメおいて青春は終わらない。特にマンガにおいてはそうだ。春夏秋冬が描かれるがそれは無限にループする。人気が落ちない限り彼らの高校時代は終わらない。
ラノベでは時間の経過があるがスローペースだ。体育祭、文化祭、夏合宿、夏祭り、そしてクリスマス。リアルな高校生活ではそこまでイベントで恋愛マターは発生しない。そして恋愛もいつだって思わせぶりだ。
だが我々リアルの人間には終わりがある。高校時代は無限ではない。たった3年だ。恋愛はループしない。高校卒業までに告白しなければ、恋は成就しない。そして告白には返事をしなくては恋愛とはならない。
脚本の最後——俺が選ぶのは萌々子なのか、近藤さんなのか。その結末を決めるのは俺だ。
「今は——決められません」
やっとの思いで口を開いた。
「自分でもわかっています、ずるいって。こんな……こんな魅力的な女性二人から告白され、さらにその中から一人を選ぶなんて、男子高校生からしてみればうらやましい限りだと思います」
近藤さんを見る。
「近藤さん、ありがとう。俺、全然気がつかなくて。その……なんというか……近藤さん男子に人気だし、俺のことなんか好きになるわけないって、最初から感情を封印していた」
続けて萌々子を見る。
「萌々子、ごめんな。気がつかなかった訳じゃない。もしかしたら本気で俺のことを好きなのかもしれないと思うことは多々あったよ。でも……否定していた。それを受け入れてしまうと……その……同じ屋根の下なんだし……歯止めがきかなくなるというか……まあ、そういうことだ」
「その時のためにあるんだぞ、コレ」
アリス部長が小箱を手に微笑む。
あの。
俺、今凄く真面目な話しているんですけど。
「そんな顔で私を見るな、遠藤君。別に茶化しているわけではない」
バシ。俺の手に載せられるブツ。
「今から言うことは私の心からのアドバイスだ。決してふざけているわけではない。君たちをオモチャにしようとか、脚本の肥やしにしようとかではない。だからちゃんと聞いて欲しい。いいかな?」
いつになく真剣な眼差しで俺たちに言った。無言で頷く俺、萌々子、近藤さん。
「この男子のマナーグッズだが……とりあえず、使い給え。怒るな遠藤君、最後まで聞きなさい。いいか? キミらは恋愛と肉欲は別物だと思っているだろう? だがそれは違う。高校生という君らを規定するコードがそう思わせているだけだ。性教育では好きなら結ばれたい、と習うよな? 実はアレ、逆もまた真なり、なのだ」
箱から中身を取り出し切り分ける。
「結ばれたいから好き。結ばれたから好き。それもまた世界の真実なのだ。他の生命体を見たまえ。発情という本能の命令のまま交尾、出産。オスはそのままどこかへ放浪。そこに恋愛はない。人類は進化の過程で恋愛感情を獲得した。すなわち、交尾が先にあったんだ」
「そ……そうなんですね、お兄様! やはり、まずは既成事実ありきなんですね!」
納得するな萌々子。アリス部長は言葉の魔術師なんだ。詭弁の達人なんだ。その詭弁に一年間付き合った俺が言うのだから間違いない。今のアリス部長の演説、どこかに矛盾と嘘があるはずだ。
「なるほど……恋愛の方が後なんだ……」
近藤さんまで何を言ってるんですか。
「ふ。やっと世界の真実に近づいたようだな。幸い演劇部の大道具にはベッドがある。寝具一式はちゃんとクリーニング済みだ。そして私の手には男子のマナーグッズが11個。近藤君と萌々子君に5個ずつあげよう。遠藤君はそれぞれと5回戦やる。一日で10回はやめとけ。来週いっぱいかかっていいぞ。で、交尾から恋愛を感じた方と最後の1個を使う。これでどうだ?」
「どうだじゃありません!」
思わず叫んだ。
「それのどこが真剣なんですか!? 演劇部室で5回? おかしいでしょ!?」
「5回じゃないぞ。萌々子君と近藤君、二人いるから10回だ」
「回数はどうでもいいんです! 身体から始めろって、もう、セクハラですよ!」
「……まって、マメくん」
近藤さんだった。
「アリス部長の言うこと……正しいのかもしれない」
「え?」
「ご、誤解しないでマメくん! その、マメくんと部室で、え、えっちするとか、そういう話じゃないから!」
近藤さんの口からそういう言葉が出ただけで俺、どうにかなりそうなんだけど。
「……そういう気持ち、感情もあっての恋だって、部長は言いたいんだと思うんだ。触りたい、触られたい……ひとつになりたい。それは否定できないでしょ?」
「まあ……そうだな」
「だから……表現は過激だし、提案そのものは全く受け入れられないけど……本質は間違っていないと思う」
近藤さんが目を閉じた。
「今私が何考えてるかわかる? マメくんにキスして欲しいって思ってる。萌々子ちゃんより先に私にキスして欲しいって思ってる。萌々子ちゃんより先に既成事実欲しいって。そう思っている」
近藤さんが目を開けた。
「マメくん、萌々子ちゃん見て。ほら、すごい顔してる。ほとんど殺意だよね、私に向けられているの」
萌々子を見る。確かに殺意だ。殺人ビームだ。
「くどいようだけど、誤解しないでね、マメくん。今すぐそういう関係になりたいとかそういうのじゃないから。さすがに私たちは高校生。アリス部長が言うような身体の関係から恋愛なんて、それは違うと思う。でも……キスとか……そういうのは有りだと思っている」
近藤さんがアリス部長に手を差し出した。
「ください」
無言でブツを受け取ると、近藤さんは一つ取り出し、パッケージを開け始めた。
「薄いよね。これ。こんなに薄いのに、これ付けると赤ちゃんが出来ない。赤ちゃんて愛の結晶なんでしょ? 不思議だよね。男女の恋愛マナーグッズが愛の結晶が出来るのを妨害するなんて」
開けてしまったブツをゴミ箱に捨て、残りを箱に戻す。
「萌々子ちゃん。正々堂々戦いましょう。これは部室に置いておきます。勝利した方が……使うってことで」
「ちゅ、ちゅ、ちゅかう!?」
「そう。使うの」
再び近藤さんが俺の方を見る。顔が耳まで真っ赤だ。
「私、これを使うのは……高校生にとってはゴールだと思うの。マメくんがどっちを選ぶか。それはまだわからない。だから、こうしましょう」
スタスタスタ。先ほどアリス部長が指さしたベッドの上にブツの箱を置いた。
「マメくんの気持ちが決まったら……これを持って行って。そして……その……えっと……」
それ以上を近藤さんは言えなかった。声が震え、顔どころか脚まで真っ赤になってしまった。
「なるほど、このベッドの上で10回連続使うってことだな!」
満面の笑みでアリス部長が言った。
「「「違います!!」」」
俺、萌々子、近藤さんが叫んだ。
まったく。
* * *
さて。これから後のことだが。結局ブツは部室のベッドに置かれたまま、高校生活は過ぎていった。
そして7月。俺たちは地区大会を迎えた。萌々子も正式な部員として参加した。
地区大会当日。
最後のシーンで近藤さんがいきなり俺にキスした。当然脚本にはない。
それを見た萌々子が鬼の形相で乱入。もちろん、脚本にはないシーンだ。そしてこれまた脚本にないバトルシーンが発生した。萌々子と近藤さんの乱闘によって大道具が破壊される中、幕が閉じた。
その話は別の機会があれば語ろう。とりあえず、なぜか進出することになった県大会の準備が先決だ。というか、萌々子と近藤さん、まだ喧嘩している。波瀾万丈の二学期になることだろう。
終わり。
偽妹ちゃん 上城ダンケ @kamizyodanke2
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