第54話 サウンド・オブ・ラブ

「遠藤君、私は知ってるよ」


 ふっふっふ、と意味深に笑いながらアリス部長が宣言した。なんでこの人はそんなに意味深にするのが好きなんだ。


「何を知っているんですか?」近藤さんが聞く。


「まあ、色々だ。近藤君にとってはちょっとショッキングな内容だ。心の準備は良いかな?」

「ええーっ。ショッキングなんですか!?」

「ああ。それもかなり!」


 近藤さんの表情が凍った。


「か……な……り?」

「そう。覚悟はいいかな?」


 凍てついた表情のまま近藤さんがコクリと頷いた。


「ふ。ついにこの時が来たということか」


 勇者が魔王を追い詰め、勝利を確信したかの如くアリス部長が言った。なんとなく勇者の死亡フラグっぽいが。あ、死亡フラグ立ってるの、俺か。


 アリス部長の話が続く。


「先週の話だ。詳細は省くが夜、私は遠藤君というか萌々子君に電話をした。演劇部に勧誘するためにね。実は学校でも萌々子くんを勧誘したのだが、あいにく振られてしまってね。諦めきれない私は再チャレンジすべく電話したんだ」


 外人のようなヤレヤレポーズを決めるアリス部長。


「あの……それのどこがショッキングなんですか?」


 硬直が解けた近藤さんが聞く。


「慌てるな近藤君。これからが本題だ。そんな部活勧誘の電話中、偶然にも私は聞いてしまったのだよ。愛の……音を」


 再びヤレヤレポーズでアリス部長が首を振る。好きですね、その格好。


「愛の音?」

「そう。愛の音、すなわちサウンド・オブ・ラブ」


 英語にしただけじゃないか。


「皆の衆、心の準備は良いかね?」


 アリス部長が視線をぐるっとまわし、全員と目を合わせる。部長はおもむろに腹に手を当て腹式呼吸する。すーはー。呼吸を整えた。まるで本番前のように。つられて近藤さんも呼吸を整えている。


「ではいくぞ。私が電話口で聞いたラブ・サウンドの詳細を説明しよう」

「お兄様、なんでしょう、愛の音って」


 俺に聞くな。アリス部長によればお前が音源なんだぞ、萌々子。


「萌々子、緊張しちゃいます」


 人ごとのように言うんだな、萌々子。


「愛の音。サウンド・オブ・ラブ。そんなラブ・サウンドの発生源は……なんと萌々子くんのお口だったのだ!」

「「お口……?」」


 萌々子と近藤さんがハモった。二人とも不思議そうに首をかしげる。


「そう。お口。なんと萌々子君はそのかわいいお口で……遠藤君を……遠藤君を……!」


 もったいぶるアリス部長。固唾を呑んで見守る近藤さんと萌々子。ちなみに俺は固唾は飲んでない。数秒後の未来が見えているからな。まかせろ、俺は数秒後の未来を画見えるんだ。空気を読むとも言うがな。


「遠藤君を、舐め舐めしていたんだ!」


 これがアニメだったら「だぁ、だぁ、だぁ……」とえこーしていたことだろうよ。

 それほどに芝居がかった言い方だった。

 ポーズだって。名探偵が犯人を指さすかの如く、アリス部長が萌々子の唇を指さしていた。


「萌々子が、お兄様を舐め舐め!?」


 驚いた萌々子は両手で口もとを覆い隠した。


「あのーちょっといいですか、アリス部長」

「だめだ」


 驚愕と同様に包まれた部室の空気をかき消すため、俺は努めて冷静に発言しようとした。しかしアリス部長は俺の介入を許さなかった。


「人の話はちゃんと聞くものだぞ、遠藤君。閑話休題。舐め舐め、それは舌先でなでるように触れ、唾液を垂らし、歓喜の声を上げながら思う存分味わう行為、まさに行為オブ行為だ!」


 なんだよ行為オブ行為って。


「舌先で……唾液……味わう……行為!? ど、どこを舐めたの、萌々子ちゃん!」

「え?」

「どこ!? どこを舐め舐めしたのっ!?」


 近藤さんの猛烈な勢いに萌々子が反応できない。俺の方を見て「えと、えと」と言うだけで精一杯だ。


「私が答えよう。私が推察するにだな……きっと大事な部分だ」

「だ、大事な部分?」

「そうだ。行為に関係するような、大事なところだ」

「行為に関係……はうっ!」


 近藤さんの目から光が消えた。


「ところで萌々子くん」

「は、はい」

「けっこう舐めていたよな?」

「え、えっと……そうかもです」

「たくさん、だよな?」

「そう……ですね、たくさんです」

「ということで、大事な行為にかかわる部分をすっごくたくさん、ぺろぺろ舐めまくったそうだよ、近藤君」


 そのまとめ、凄く乱暴じゃないですか?


「大事なところを……行為に関係するところを……たくさん……舐め舐め……。ひ、ひゃんっ……!」


 とうとう近藤さんの呼吸が止まった。


「やっと理解したようだね、近藤君。私の想像では遠藤君は嘘をついている。コレを使った相手、それは偽妹ぎもうとである萌々子君だ」


 高々と箱を上に掲げる。


「舐め舐め、ぺろぺろ。思う存分盛り上がった二人は当然のごとく行為に向かって……おっとこれ以上はいけない。とりあえず、遠藤君はコイツで行為において女性を尊重したということだ」

「ん、んん……」


 近藤さん、昇天しちゃった。


「いい加減なこと言わないでください! 近藤さんに誤解されたじゃないですか!」

「でも萌々子君は言ったぞ? 舐め舐めしたと。すっごくたくさん、ぺろぺろ、舐めたと」

「そうはいってませんし、だいたい舐めたのは手です! 俺の手を舐めたんです! 行為と関係ない!」

「やっぱ舐めたんだ。それって行為だぞ?」

「言葉遊びは辞めてください!」


 三途の川を渡りかけている近藤さんを現世に引き戻さねば。俺は近藤さんに向き直る。


「近藤さん、今から俺が全てを話す。だから聞いてくれ!」

「色事の詳細を語らなくていいぞ、遠藤君」


 あー、もー! あー言えばこう言う! この人に言葉で勝つのは無理なのか!


「こんな私にも羞恥心というものはあるのだ。聞いてるこちらが恥ずかしくなるではないか。そうか。まず手を舐めて、それから……すっごくたくさん、ぺろぺろ、なんだろ? 現役JKには刺激が強いな」


 再び放心状態になる近藤さん。


 駄目だ。やはりアリス部長に言葉では勝てない。次から次へとストーリーが捏造される。さすが、地区大会最優秀脚本賞だけのことはある。


「しかし、あれは本当にえっちな音だった」


 ぴく。三途の川の河原にいるはずの近藤さんの身体が震えた。意識が戻ったみたいだ。「えっち……」と呟いて俺を見る


「さすがの私でも、アレは文章では言い表せない。それはそれは淫靡で堕落したえっちサウンドだった。うん。そういうことだ」


 近藤さんがゆっくり声を発しはじめた。


「遠藤君……私、バカだね。知らなかった。萌々子ちゃんと……そういう仲だったんだ。一つ屋根の下、男女が寝泊まりしたら……そういうこともあるよね。だって、萌々子ちゃん、妹じゃないし」


 近藤さんの視線がアリス部長の手にあるブツを捉えた。


「そういうとき……ちゃんと、そうだよね、いる……もんね。萌々子ちゃんと使ったんだ」


 今にも消え入りそうな、悲しそうな声で近藤さんが言った。目にはうっすら涙が。


「違う! 違うよ近藤さん!」


 慌てて全否定する。


「違う? 違うのか? それはよくないぞ遠藤君。未使用なんて、女性にとってはリスクしかないんだぞ?」

「そーじゃなくて!!」



 変なツッコミやめて、アリス部長!


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次回、最終回です。

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