第6話:崩していく
ドラマが終わると、母は帰り支度を始めた。
「あんた次いつ帰ってくるの?」
他の人よりも実家には帰っている方だと思う。先月も顔を出した。綺麗に片付けられた実家は、ホテルのように他人行儀で帰る場所というよりは向かう場所のような感じで行ける。
「また用があったら行くよ」
「お父さんと二人だとほんとに暇なの。たまにはかまってよ」
「習い事でもしたら?」
「今更何習ってもね。家出るのも億劫だし」
玄関のプラゴミはキッチンに移されていたらしい。明日絶対出しなさいよ、と何度も念押しされた。私はおざなりに返事をしながら、父に連絡を入れた。もし一人で楽しく羽を伸ばしているんだったら、帰ることを伝えておいた方がいい。母とずっと二人で暮らしていくのはどんな気分なのだろうと思うことがある。
「それより、忙しいんだったらルンバ買ってあげようか? もうすぐ誕生日でしょ」
「いらない」
「床にものを置かなきゃ使えるよ? 留守の間に掃除してくれるんだしいいじゃない」
「大丈夫」
私の大丈夫ほど信じられないものはない、と疑うような目つきで見てくるのを無視する。心配してくれるのはありがたいけど、そうやって受け取ってきて今の自分がいるのもまた確かだ。母がまだごねそうだったので「お父さん、待ってるんじゃない?」と無理やりカバンを押しつけた。
それからもう一つ、さりげなさを装って母の手から鍵を奪う。ふんわりと握られていただけの鍵は、簡単に私の手元に戻ってきた。
「うちの鍵返してもらうね」
頬が痺れたように感覚がない。ちゃんと笑えている気がしなかった。母が傷つかないようにと気を遣っても無駄な気がする。どんなに心を砕いても、きっと上手くいかない。キーホルダーを背中に隠した。ここに鍵はないよ、と子どもだましの優しい嘘を吐くみたいに。
「なんで? またお掃除しにきてあげるよ?」
そっちの方がいいでしょ? と信じて疑わない母に、ノーと突きつけるなんて、ひどいことをしている。けれどこの鍵を返してもらえたら、もう大仰なバリケードを作る必要はない。
「今日からちゃんとやるから平気」
子どもの頃、母の基準はクリアできないと分かって、何度もそう言った。他になんて言って納得させればいいのか分からなかった。今も、ずっと分からないままでいる。
「じゃあ。来てくれてありがとね」
私は一番近いバス停の場所を教えた。
「あんまり無理しないでね」
分かったと頷いて、母を送り出した。見えなくなるまで玄関先で手を振る。背中までちゃんと見えなくなってから、貼り付けていた笑顔を剥がす。
手始めに靴箱からバラバラと靴を出して、玄関をぐるりと囲うように足で動かす。百均のケースは空のまま、靴箱に綺麗に並べられている。
私のお城が崩される時 黄間友香 @YellowBetween_YbYbYbYbY
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