第5話:つながっていく

 テレビのつけ方が分からないと言われて、そろえられたリモコンのうちの真ん中を渡した。エアコンが左で電気が右。テレビのリモコンが一つだけ飛び出しているから背の順にすればいいのに。電気のリモコンを真ん中に寄せても、母は特に何も言わなかった。そういう綻びにもならない綻びを見出しては、部屋の主として主導権を取り戻さなけばと構えてしまう。画面の四隅にホコリが溜まっていたのは、すっかり綺麗になっていた。母はチャンネルを何度か変えると、ドラマを見始めた。シーズン途中のドラマは展開についていけないし、名前を知らない人ばかりが出ている。

 CMになると、母がテレビ台の横を指差した。

「これ、いらなさそうなものまとめておいたから。一応確認してから捨てて」

 住所は丁寧に黒く塗りつぶされていた。家に黒いマジックってあったっけ? そこまで徹底して整理をしてもらうと、本当にハウスキーパー代としてお金を払わなければいけない気がする。幼い頃冗談半分でマッサージ代を求められた時は何もできなかったけど、もう大人だ。むしろお金で解決できれば、どろりと心の底に溜まっている嫌悪感もよくなるかもしれない。

「仕事が大変なのは分かるけど、生活をおざなりにしちゃダメよね」

 けれど母の言葉を聞くと、お金で割り切ろうとすると痛い目を見る気もする。もし仕事が好きだったら、怒っていたけど。私は心の中で淡い反発をしながら、大根を久しぶりに食べた。一人暮らしだと一本丸ごと買っても食べきれないから買ってない。

「冷蔵庫に作り置きしておいたから。ご飯だけ炊いたらしばらく困らないと思うよ」

 朝、お弁当に詰めるのはできるでしょ。そう言われて言葉に詰まる。玄関先に溜めていた何週間分かのゴミ袋を思い浮かべた。明日から奇跡的に身体が軽くなるようなことはあるんだろうか。お弁当を詰めて、悠々とゴミ出しまで完了できるような時間が朝あれば、こんなに汚くはならなかった。

 母の料理は全体的に薄味で、私はキッチンから醤油をとってきた。特に何も言われない。母の味は薄すぎて各自で勝手に味を重ねている。母は掃除以外には無頓着で、兄や私が勝手に味を足しても何も言わなかった。

 母がドラマを観ながらも、来てくれてよかったと感謝の言葉を待っているのは伝わってきた。黙々とご飯を食べ進めていると、母はゆったりと息を吐くようにため息をついた。

「あんたはどうしてこんなにだらしないんだろうね」

 しみじみとそう言って目を細めた。

「あんたのおばあちゃんが綺麗好きだったから、子どもの頃にものを出しっぱなしにしとくとすごい怒られたの。あんたにもきちんとさせようとしていろいろ口うるさく言ってたけど、あんまり効果なかったみたいね」

 与えた分だけしっかり返ってくると思ってるんだこの人は。英才教育を施したとしても、グレてしまったら意味がない。部屋を片付けさせてしまって疲れている母にごめんね、と呟いた。どうして私は、母に緩く握られた手を振り解くことができないんだろう。いかに穏便に済ませるかという対策で、頭がいっぱいになる。

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