春はまだだけど

禁母夢

春はまだだけど

このところ、少しずつ暖かくなってきた。


日中の気温の上昇を素肌に受ける空気の変化で感じるようになっている。


少し前までの皮膚が痛むほどの冷気が和らいできたようにも思う。


春の陽気に仄かな心地よさを感じるまではまだ少しかかると思うけれど。


息子と初めて関係を持って一か月経った。




これはこれ、それはそれ。


そんな風に割り切って慣れた訳では無いけれど、何も整理が付かない訳でもない。


身体がまだ重い。


息子のベッドから身を起こすと、背中と腰に鈍痛を覚える。


「ふぅ」


小さくため息を吐くと、傍らに座ってる息子は少し気まずそうに頭をかく。


そんな彼には見向きもしないで私は乱れた髪と衣服を整える。


露骨に無視されてると分かって息子はちょっとした針のむしろの気分なんじゃないかしら。


少しくらいは悪いと思ってもらわないとね。




下半身の奥にはまだ彼の感触が熱く残ってる。


自分では分からないけれど、匂いもしていると思う。


部屋も。


自分の体も。


換気のために窓を開けると、息子は寒そうに少し不満げな顔をしたが何も言わなかった。


 


先月の4日は冷たい雨が降っていた。


滝のような水滴が窓硝子を覆って部屋を冷え切らせてしまう。


窓の内側にはホームセンターで売っている結露防止のマットが貼られているけれど、全然効いてないんじゃないかなって。


そんな事を思ってた。


息子の体の下で。




埃っぽい息子の部屋の匂いと冬の雨と息子が私の中に出したものの匂いが混じってる。


初めてのはずなのに何だかよく知っている匂いのような気もした。


息子は何だかひどく暗い顔をしていた。


多分私よりも。


まるで絶望したようで、怯えてるようにも見える。


後悔してるんだろうな。


だったら止めておけばいいのに。


‥‥馬鹿だな、もう。


そんな風に思ったらもう叱れなかった。


ただ無理矢理だったり、乱暴だったりしたら遠慮なくひっぱたいてやれたのに。


その辺りが今も割り切れない感情の原因だと思う。




翌日、息子を学校に送り出してからずっと頭の中では前日の事を思い出してた。


息子が入ってきた感触と強く抱き締められた感覚と。


それから全部が終わった時の息子の顔と。


私だってかなり傷ついたのに、なぜか息子に恐怖や嫌悪感も感じなかった。


何も言わないで家を出ていく息子を見送った時、いつもより小さく見えて何だか放っておけない気がした。




親子でどうとかそんな話は雑誌で読んだ事があった。


けど、自分が実際にそうなるともっと事態は簡単じゃなくて、複雑な感情が入り混じってた。


腹が立つのが一番だけど、次には何だか泣き出しそうな息子の顔も浮かんでくる。


濡れてなかったからかなり痛かったけど、最後は優しくしてくれた。


今まで誰にもしてもらった事がないほど、大事そうに抱き締められて。


額には息子の顎がぐっと当てられてそのままじっとしてて。


私はその腕の中から出られなかった。


その事が何だか本当に全ての事を複雑にややこしくしてる。


それはもう息子のせいじゃなくて、私の問題なのだ。




ため息が増えた。


心なしか、シワも増えそうで鏡を見る機会が増えた。


悩みは増えたし気が重いし腹立たしいし、胸も痛い。


ずっとあれから息子の事を思い出すたびに何度も何度もズキズキと胸がひどく痛む。


何日間はその理由が分からなかった。


あまりにストレスが掛かっていると思って心療内科にかかろうかと市内のあちこちを調べて実際に何軒か電話も掛けた。


けど実際には行かなかった。


近所でそんなところに出入りしていると知られたくなかったし、自分でも何となく原因が分かってきてた。


二週間くらい経って身体の痛みはすっかり和らいできた頃、久しぶりに息子の部屋に行った。




気持ちの整理の付け方は分からなかった。


あれから息子とどうやって接していいの分からなくなってて目も合わせられなくなってたし、まともに話もしてなかった。


けど、何となく分かっていた。


私たちは意識しあってるんだって。


多分同じ気持ちなのに、そんなに素直にはなれなかっただけで。


簡単に話が進まないのは私が結婚しているからで、‥‥そして彼が私の息子だからで。




抱き締められるともう少しで泣きそうだった。


嬉しい気持ちから息子に涙を見せるのは恥ずかしかったけど、仕方がなかった。


久しぶりに息子を胎内に受け入れた時、もう腹が立つ気持ちはすっかり無くなっていた。


親子愛とか家族愛って言葉もあるくらいだから、息子とそうなる事にもう私の中ではそんなに違和感は無くなってた。


けど愛してるとは言えても、好きだなんて絶対に言えない。


女から言うのもそうだし、親としてはなおさら。




(そういう私のフクザツな気持ちを分かっているのかな、君は)


そう言ってやりたかったけれど、何も言えなかった。


初めての時と違って少しは落ち着いていたのか、息子はその時はもう少し長く持った。


時間が経って心も体も整理が付いてきたからか、私も良かった。




もちろんこれからどうするつもりなのか、付き合うとかそんな事を話し合うような余地はない。


そんな関係になれるはずもないし、なるつもりもない。


どう考えてもすぐに終わる関係なんだ。


でも。




「可愛いよ母さん」


「何言ってんの」


「好きだよ」


「ば~か」




素っ気ない私の返事にも息子は必死に訴えてくる。


そう言い寄られる内は応えてやってもいいのかな。


そんなずるい事も心の片隅で思う。


嫌でも春は近づいてくる。


その影響かじんわりと私の心も温かさを感じるような気がした。




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