第5話 2度目のデートは水族館

「ええと、今日は……」


「水族館! デートの定番でしょ!」


 先を歩いていたひめかが、振り返らずに言った。


「あの……ゆりかとまりなさんは、僕のこと、本当の彼氏だと思ってるみたいだから……」


「だから、何?」


「その、だからさ、もう、匂わせ写真を撮る必要はないんじゃないかな、って……」


 ひめかは足を止め、大きなため息をついた。


「まだ、ゆりかとまりなだけでしょ。もっと続けなきゃダメ!」


「他には、誰も気付いてないのかな?」


「まだ全然。インスタの写真にも、匂わせを疑うコメントとか、ついてないし」


「そうか……」


「あんた、私とデートするのがイヤなの?」


「え?」


 ひめかは、唯一隠れていない目に強い力を込めて、僕を睨んでいた。


「……イヤって訳じゃないけど」


「なら、私の言う通りにしなさい! 私があんたの弱みを握ってること、忘れないで!」


 弱み……か。


 カクヨムに投稿してることなら、もう、ゆりかにもまりなさんにも知られちゃったけど……、


 それを言ったら、また、さらに反論されそうだ。


「わ、わかったよ。約束通り、あと1週間は付き合うよ」


「わかればいいのよ!」


 ひめかは怒ったような口調で言って歩き出し、僕は、その後を急いで追った。


    *****


 夕方の水族館は空いていた。


 色とりどりの魚が泳ぐ水槽の前を、僕たちは、ゆっくりと歩き回った。


 ひめかは、ふたりの影を映した写真を何枚も撮った。


 売店には、可愛らしいぬいぐるみが山積みになっていた。


「メンダコいいよねー」


「このぬいぐるみ、実物と全然似てない……」


「そっかなあ、こーゆー感じじゃなかった?」


 ひめかは、チェーンの付いた小さなメンダコのぬいぐるみを掴んで、僕に差し出した。


「これ、買って!」


「うん」


「え? ホントに買ってくれるの?」


「小さいのでいいなら」


「マジ? ありがとー! バッグに付けようっと!」


 ひめかがメンダコを付けたブランドもののバッグには、たくさんのぬいぐるみや金具が付いていた。


「ゆりかからもらったの、どれ?」


「これとこれと……これも」


 エビのぬいぐるみが一番大きかった。


 もし、ゆりかが……、


 ネットの噂通り、ひめかに執着しているとしたら……、


 盗聴器を仕掛けて、ひめかと僕の会話の一部を聞いたのだとしたら……、


 ゆりかは、僕たちが付き合っている……と、誤解して、それをマネージャーのまりなさんに話した……のかも……。


「ゆりかにもらったぬいぐるみ、家には、もっとたくさんあるよ」


 あれこれ考えていた僕の前で、ひめかが無邪気な声で言った。


「そ……そうなんだ……」


 ひめかの家のぬいぐるみにも、盗聴器が仕掛けられているなら……、


 ここでエビのぬいぐるみを取り上げても、あまり意味はない……かもしれない。


 けど。


「たくさんあるなら、ひとつもらってもいいかな? その、エビ……がいいんだけど……そ、そういえば、バッグにたくさん付けすぎ、とか、ゆりかも言ってたし……」


 断られるだろう……と、思ったのに。


 意外にもあっさりと、ひめかはエビのぬいぐるみを渡してくれた。


「いいよ、あんたも、エビアボカドが好きみたいだから」


「う、うん……エビは手に入れたから、どこかでアボカド探そうかな……」


「私も探してあげる」


「あ……う、うん……それまで、大事にしまっておくよ……」


 エビのぬいぐるみは固くて、外から触っただけでは、中に盗聴器が入っているかどうかなんて、わからなかった。


 僕は、エビのぬいぐるみをタオルで包んでカバンの奥に置いた。


 家に帰ったら、もっと厚いタオルでグルグル巻きにしておこう。


「……あんた、今日、まだ時間ある?」


「また、カラオケ?」


「ちがうよ! その……お……」


「え?」


「タクシー乗り場まで送ってほしいの! あんた、契約彼氏とはいえ、彼氏でしょ! そのくらいしてくれてもいいじゃない!」


「あ、う、うん……」


「寂しいとか、別れたくないからとか、そういうんじゃないからね!」


「わ……わかってるよ……」


「この頃、なんか変な感じがするんだよね。視線っていうか、気配っていうか……誰かが後ろから付いてきてる気がして、気持ち悪いんだ」


「え……それって……」


 ゆりかじゃないのか?


「まりなに相談したら『ゆりかでしょ』なんて言われたんだよ! ひどいっしょ!」


「そ、そうだね……」


 僕も、ゆりかだと思った……とは、言えなかった。


↓短編「英国紳士と淑女と蜃気楼の少女」はこちらです。

https://kakuyomu.jp/works/16817330668816132129


↓短編「がっこうのひみつ」はこちらです。

https://kakuyomu.jp/works/16817330653990075587

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