第4話 小説のヒロインは作者の理想?
契約彼氏になってから、ちょうど一週間が経った日。
ひめかと同じ教室で必修授業の講義を受けた後。
僕は、大学併設のカフェでひめかの連絡を待ちながら、カクヨムのマイページを見ていた。
うむ。
少しだけど、PVが増えてる。
やっぱり、カクヨムコンに参加してよかった。
「ねえ、ちょっと」
スマホを手に、ニヤニヤしていた僕のところにやってきたのは、意外な人物だった。
「ゆりか……?」
「あなたに紹介したい人が居るの」
「え?」
「この人、結城まりなさん。あなたの理想の人」
「ええ?」
紹介された女性は、ブラウンの髪をショートボブにしていて、僕たちより少し年上に見えた。
メイクも落ち着いていて、タートルネックの白いセーターにタイトスカートを合わせている服装が、いかにも「仕事ができそう」って感じ。
だけど。
一体、どういう意味だろう?
「僕の『理想』って……?」
「まりなさんって、あなたの小説に出てくるヒロインにそっくりでしょ」
確かに……すごく有能な秘書っぽいけど。
ヒロインが現世の日本に転生したらこうなるだろうな……って感じだけど。
「僕の……小説……?」
「カクヨムに上げた短編小説のこと!」
じれったい、と言いたげに髪をかき上げながら、ゆりかが言った。
「カ……カ……カクヨム……?」
どうして、ゆりかがそれを……?
「理想の人と出会えたんだから、ひめかとは、もう、別れて。今日から、この人と付き合いなさい」
「ええ……?」
「後は、ふたりで話して」
「でも、あの……」
「私、忙しいの!」
ゆりかは、不快そうに僕を振り払い、スタスタとカフェを出ていった。
ネットで読んだ「ひめゆり」の記事によると、ゆりかはひめかにすごく執着しているらしいけど……、
ゆりかが、僕を嫌っているっぽいのは、そのせいなのかな。
僕に「別れて」って言ってきたとこをみると、どうやら、ひめかと僕が本当に付き合ってる……って、思っているみたいだし……。
でも、どうして、ゆりかは……。
「ここ、座っていいですか?」
ゆりかが置いていった女性が、僕に尋ねた。
「あ……はい、どうぞ」
僕の目の前の席に座った女性は、にっこりと僕に笑いかけた。
結城まりなさん……だっけ。
すごく感じのいい人なのは確かだ。
だけど。
一体、どうして、ゆりかは、知ったんだろう?
ひめかと僕が、デートしたこと。
僕が、カクヨムに投稿してること。
そして、その内容まで。
まさか、僕の小説のヒロインが現世に現れて、ゆりかに頼んだ訳じゃないだろうし。
ゆりかは「理想の人」って言ってたけど、そもそも、小説のヒロインって、作者の理想なのか?
「ええと……」
理想かどうかは別として……、
まりなさんが、僕の好みかどうかと聞かれたら……、
勝手なことを言わせてもらうと……、
実は、すごく好み……ではある……けど……、
「カクヨムの短編、読ませていただきました。面白かったですよ。最後まで一気に読みました」
「はあ?」
「ゆりかに教えてもらったんです。『カクヨムで小説書いてる人だ』って」
つまり。
ゆりかだけでなく、まりなさんも、カクヨムに投稿した僕の短編を読んだ……ってことだよな?
いやいやいやいや。
ヒロインみたいな人がいきなり現れて、僕の小説を読んで、さらに、好意的な感想まで言ってくれるなんて。
これ、妄想か? 妄想なのか?
ピコン!
<カフェの前に来たよ>
スマホにひめかからのメッセージが届いた。
絶妙なタイミングだった。
おかげで、僕の置かれた状況は僕の妄想じゃない……ってことが、はっきりわかった。
<僕のこと、ゆりかに話した?>
<どゆこと?>
<デートのこととか>
<ゆりかに仕掛けるドッキリなのに
言うわけないでしょ>
そうだよな。
ひめかはゆりかにドッキリ動画を仕掛けてるんだから、僕のことを話すはずない……。
<ゆりかにバレた>
<え>
<僕たちが本当に付き合ってると思ってる>
「やっぱり、ギャル系の方が好みなんですか?」
まりなさんが、にこやかな顔で僕に尋ねた。
「え?」
「カクヨムの近況ノートに、ギャル系のフィギュアの写真、上げてましたよね。ゲームのキャラの……」
「あ、江ノ島盾子の……って、半年以上、前ですが……」
あのフィギュア、大学入学祝いにもらったお金で買ったんだっけ。
かなり高かったけど、カクヨムに最初に投稿した日に、何か記念になるような思い切った買い物がしたくて……。
「遡って読んだんですか?」
「ええ、当然です」
まりなさんは、頷いた。
「どうして、そこまで……」
「私、『ひめゆり』のマネージャーなんです。担当しているYouTuberがこっそり付き合ってる彼氏のことを知りたくて。公開されたものは、全部、読みました」
「マネージャーって……ひめかとゆりかの……?」
ちょっと待て。
もしかして……じゃなくて、もしかしなくても。
ゆりかだけじゃなく、マネージャーのまりなさんまで……、
ひめかと僕が、本当に付き合っていると思ってる……!
ピコン。
ひめかからメッセージが届いた。
<外から見たんだけど
ちょっとあんた
どーしてまりなと会ってるの?>
<まりなさんって、本当に、ひめかとゆりかのマネージャー?>
<そうだよ
若いけどすごい人なんだよ
ひめゆり育てたのまりなさんだから
私らのママみたいな人
年はあまり変わらないけど>
<まりなさんにもバレた上に誤解されてる>
<?>
<まりなさんも、ひめかと僕が付き合ってると思ってる
ゆりかとまりなさん、ふたりとも、僕が本当にひめかの彼氏だと思ってる>
「ひめかに送るメッセージですか?」
必死にメッセージを入力している僕に向かって、まりなさんが微笑んだ。
「ええ、まあ……」
ピコン!
ひめかからの返事だ。
ちょっと遅れたのは、ひめかも、慌てているせい……、
<別にいいよ>
え?
<あんたと私が付き合ってるって思わせとけばいいよ>
どういう意味だ?
<ドッキリ企画なのはバレてないんでしょ
誤解してるならちょうどいいよ>
ちょうどいい……って……。
いや、良くないんじゃないか?
マネージャーのまりなさんとゆりかが誤解したまま……って……、
なんか、とってもヤバい気がする……!
というメッセージを返そうとした僕の手が、横から掴まれた。
「ひ……めか!?」
あわてて口を押さえたおかげで、他の席の人たちは気付かなかったようだ。
ひめかは、黒いパーカーと黒いキャップで頭を、黒いロングコートでギャル服を隠していた。
講義に出たときには、ギャル系ファッションに身を包み、ピンクのツインテールを華やかに揺らしていたのに。
待ち合わせまでの短い時間で、こんなに変えられるなんてすごいな……。
なんて、感心してる場合じゃなかった!
「私たち、もう行くから。これからデートなの。ジャマしないで」
ひめかは、まりなさんに顔を寄せ、脅すような口調でそう言った。
うわ……。
そんなこと言ったら、完全に誤解されるじゃないか……!
それにしても、まるで、本当に、僕のことが好きで付き合ってる……みたいな言い方だ。
ひめかって、歌とダンスだけじゃなく、演技もできるんだな。
「その……これは……」
「『ひめゆり』の新しい動画、もう、見ましたか?」
言い訳しようとした僕に、まりなさんが尋ねた。
「あ、いえ、まだ……」
そう言いかけた僕の足を、ひめかのブーツが踏みつけた。
そうか。
もし、僕が、ひめかの本当の彼氏だったら……、
付き合いはじめた彼女の動画は、ちゃんと見てるはず……だよな。
「あっ、も、もちろん、見ました! 今日、デートだから、昨日のうちに……!」
あっ、しまった。
本当は付き合ってない、とか、本当の彼氏じゃない、とか言うつもりだったのに。
つい、まりなさんに合わせてしまった。
「あ、あの……」
「もういいでしょ!」
まりなさんは、焦りまくりの僕と怒り顔のひめかを見比べて、クスッと笑った。
「……ったく、まりなったら……余計なときに余計なことばっかり!」
ひめかはブツブツ言いながら、僕をカフェから連れ出した。
↓有能なヒロインが登場する短編「英国紳士と淑女と蜃気楼の少女」はこちらです。
https://kakuyomu.jp/works/16817330668816132129
↓有能なヒロインが登場しない短編「がっこうのひみつ」はこちらです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます