第3話 はじめてのデートだったかもしれない

 数日後。


 僕は、ものすごく入りにくい高級な雰囲気の紅茶専門店に、開店の2時間前に呼び出された。


「うわ……」


 外から店の中を見て、缶入りの茶葉が、床から天井までを埋め尽した迫力に絶句していると……、


 にゅっ。


 目の前に、ニット帽が飛び出してきた。


「え……?」


「ついて来て!」


「ひめか……さん?」


 ひめかだとすぐにわからなかったのは、ピンクの髪を大きなヘアクリップで留めて大部分をニット帽に隠していたからだった。


「『ひめか』でいいよ。みんな、そう呼ぶし。『ひめかさん』とか呼ばれるのって、なんか、くすぐったい……っていうか……とにかく、これからは『ひめか』でいいからね!」


 ひめかは早口でそう言うと、店のドアを開けて中に入った。


「おはようございまーす!」


「まだ、開店前みたいだけど……」


「だいじょーぶ、だいじょーぶ! この店、前に撮影で使ったことがあってね、特別に開店前に入れてもらえることになったんだ。2階で紅茶が飲めるの!」


 ひめかに続いて店の奥の細い階段を上ると、アンティーク調の家具を揃えた立派な部屋に出た。


「え? なんか、まるで、異世界ファンタジーに出てくるみたいな……」


「別に、異世界転生したわけじゃないから。英国貴族をイメージした調度品に囲まれて紅茶を飲む……っていうコンセプトの喫茶室ってだけだから。こういうの、好きでしょ?」


「うん……」


「やっぱりね。あんたの小説にも、伯爵家とかロンドンのタウンハウスとか出てきたもんね」


 そんな話をしていると、いかにも執事っぽい格好をした男性が、3段のケーキスタンドとティーポットをワゴンに乗せて運んできた。


「アフタヌーンティーセットを午前中に食べるのって、ぜいたくだよね」


「いや、そんなことより、なんか……豪華すぎるっていうか……」


「あー、ここの支払いのことなら、心配しないで。経費で落とすから」


「え、そういうわけには……」


「いいの、いいの、誘ったのこっちだしね。じゃ、私は、こっちのテーブルでドッキリ動画の仕込みするから、あんたは、そっちであんたの紅茶を飲んでゆっくりしてて。別に用意してもらったクッキーもあげるから」


 ひめかはスマホと小型のライトをセットして、何枚も何枚も写真を撮った。


 小さな皿に入れた小さなクッキーを食べて紅茶を1杯飲んだ僕は、ひめかのじゃまにならないように気をつけながら、部屋の中を歩き回って見物した。


 ひめかが「ふう……」と、大きく息を吐いて椅子に座り直したのは、30分以上経った後だった。


「うーん……これでいいかな……あんた、どう思う?」


 ひめかが見せてきたのは、ゴツい指輪をつけたひめかの手が手前、背景にケーキスタンドとティーカップがぼんやり映っている写真だった。


「これが、匂わせ写真? ティーカップがひとつしか写ってないけど」


「影がもうひとつあるでしょ」


「うーん……言われてみれば、もうひとつあるような……ないような……」


「そう見える? なら、これでいいね!」


「いいの?」


「うん! これ、まだ1枚目だから。『うっかり映り込んじゃった』みたいな感じにしたいんだよね!」


 ひめかは、嬉しそうに言ってティーカップに手を伸ばした。


「あっ、私の紅茶、冷めちゃった」


 ひめかの分は、撮影に使うために先に注いであった。


「ポットの中の紅茶は、まだ熱いよ。足そうか?」


「私は、これを、飲んでからにする。あんた、先に飲んで。サンドイッチとかスコーンとかも、もう、食べていいよ」


「このサンドイッチ、エビアボカドだね。そういえば、カクヨムでいつも反応してくれる人が『エビアボカド』って名前で……とてもいい人なんだ」


「ごふっ」


 ひめかは、突然、咳き込んだ。


「だ、大丈夫?」


「平気。ちょっと、熱かっただけ」


「え……」


 さっきは「冷めちゃった」って言ってなかったっけ?


「あー、あー、私もエビアボカド好きなの! 私の分も残しておいてよ!」


「大丈夫だよ、2個あるから……」


「私も、エビアボカド、すっごく好きなんだからね!」


 ひめかは、僕をものすごくキツイ目つきでにらんでいた。


 そんな顔しなくても、ひめかの分まで食べたりしないのに……。


    *****


 店を出た僕たちが、話をしながら歩いていると、クロスバイクが僕たちの方に走ってきた。


「……ひめか?」


 すれ違いざま、スポーツウェアの男が呟いた。


「亘?」


「おっ、久しぶり」


 サングラスを外して笑ったのは、僕の高校の同級生の西城亘だった。


「なんだよ、おまえ、『ひめゆり』のひめかとデート?」


「そ、そんなわけないだろ……大学のクラスが同じで……」


「本屋で、偶然、会ったから、ちょっと話してたの。同じ本を捜してるみたいだったから」


 しどろもどろな僕の言い訳を、ひめかがうまく繫いでくれた。


「だよなあ、おまえがひめかと付き合うなんて、あり得ないよな」


 亘はケラケラと笑った。


「あんた、私のファン?」


「ファンってわけじゃないけど、ひめかの動画は良く見てるよ」


「ふーん、ありがと。サインしてあげよっか」


「だからファンじゃない、って。俺もYouTuberだし」


「……ってことは、あんた、ゆりかのファンでしょ!」


「えー、ゆりかよりひめかの方が好きだよ」


「ホント?」


「でもさ、ひめかは自分の魅力を出し切れてない、って思うんだよな。たまには、ゆりかとひめかが服を取っ替えるとかしてほしいよ」


「そうだねー」


「ゆりかが着てるみたいな姫系、ひめかの方が、絶対、似合う! 髪型も変えてほしいな。ギャル系ばっかだと、飽きられるぞ」


「かもねー!」


「アドバイスしてやったんだから、がんばれよ!」


「ありがとー!」


 ひめかと亘は、ポンポンと小気味良く軽口をたたき合い、楽しそうに笑った。


 ふたりともいかにもYouTuberっていうか、いわゆる陽キャっていう感じだなあ。


「じゃあね、私は、まだ、この人に用があるから」


 口を挟めずに、ぼんやりとしていた僕の腕に、ひめかが触れた。


「さ、行きましょ」


「あ……うん、じゃあ……」


「気をつけろよ」


 亘が、僕に向かって言った。


「え?」


「おまえさ、絶対、ひめかと付き合ったりすんなよ。YouTuberなんて、ろくなもんじゃないからな」


「亘……?」


 振り返ると、クロスバイクは、もう、遠ざかっていた。


 ろくなもんじゃない……か。


 そういえば、亘の口癖だっけ。


 高校生の頃、短編を書いて読んでもらったときにも言われた。


『こんなの、ろくなもんじゃない。受験に専念しろ』


 まあ、そのおかげで第一希望に合格したんだけど……。


「なんなの、あいつ」


「高校の同級生。前から口が悪いんだよ」


「口が悪いっていうのは、私みたいなのを言うの! あいつはただのヤな奴!」


「ひめか、亘と楽しそうに話してたのに……?」


「私が『うるせー! 余計なお世話だ、バカヤロー!』って自転車ごと蹴り倒したら、大炎上だよ! 偉そうにアドバイスとか行ってくる奴って、ちょっとでも否定されたら大騒ぎするんだよ!」


「蹴り倒す……って……」


「なんで笑ってんの?」


「いや……ひめかが亘のロードバイクを蹴るとこを想像したら、笑える……」


「そんなことより、作戦会議するよ! カラオケ行こう!」


「会議……?」


「知り合いに会ったときの言い訳、もっと、考えておかなきゃ!」


 結局、その日は、ひめかの平成アイドルメドレーを夕方まで聞かされた。


↓英国貴族が登場する短編「英国紳士と淑女と蜃気楼の少女」はこちらです。

https://kakuyomu.jp/works/16817330668816132129


↓英国貴族が登場しない短編「がっこうのひみつ」はこちらです。

https://kakuyomu.jp/works/16817330653990075587

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