第2話 ☆☆☆と♡をありがとうございました!
家に帰ってからもう一度カクヨムを見ると、新作小説にエビアボカドさんのおすすめレビューの☆☆☆と応援の♡がついていた。
「エビアボカドさん、ありがとうございます……!」
エビアボカドさんのおかげなのか、PVも増えていた。
本当に、本当に有り難い。
「エビアボカドさん……って、どんな人なんだろう?」
きっと、僕よりも年上で、落ち着いていて、気遣いのできる大人にちがいない。
いきなり僕を「あんた」って呼んだり、「彼氏になって」なんてとんでもない冗談を言ってきたギャル系YouTuberとは大違いなんだろうな……。
*****
次の週の同じ講義の後、ひめかはまた僕の席までやってきた。
「な……なんだよ、何か用?」
「あんた、この間の話……ちゃんと考えた?」
ひめかはぶっきらぼうな早口で僕に尋ねた。
「この間の話って、まさか……契約彼氏のこと?」
声を落として尋ねると、ひめかは大きく頷いた。
「そう、それ!」
「あれって、冗談じゃなかったんだね」
「何? 本気にしてなかったの?」
「だってさ、その……あまりにも、唐突だったから……」
「で、どうなの? 引き受けてくれるんでしょ?」
引き受けるのが当然! みたいな調子で、ひめかが聞いてきた。
「え……嫌だよ」
「なっ!? 何でよ!? 何でそんなこと言うの!?」
ひめかは、駄々っ子みたいに足を踏みならして怒鳴った。
「その……契約彼氏っていうのがよくわからないし……」
「私はね、ゆりかに『彼氏と思ったらちがった』ドッキリを仕掛けたいの! だから、あんたに、契約彼氏になってくれ、って頼んでるの!」
ひめかの態度は、全然、「頼んでる」って感じじゃないけど。
要するに、ドッキリ動画のために、偽物の彼氏になってくれ、ってことか。
「あの……なんで僕なのかな? もしかして、少しは……」
「別に、あんたのことが、す……好きとか思ったわけじゃないから。そこは! ちゃんと! 否定させて!!!」
ひめかは、ブンブンと頭と手を振った。
「うっ……うん……」
そこまで否定してくれなくてもいいのに……。
いや、妙な希望を持つより、ちゃんと否定してくれた方がいいか。
「動画のためなら、もっとYouTubeに詳しい人を呼んだ方がいいんじゃないかな。YouTuberやってる人とか……」
「そこよ!」
ひめかはビシッと音が出そうな勢いで僕を指差した。
「え? どこ?」
「そこがあんたに頼んだ理由ってことよ! YouTuber仲間だと色々口出しされそうだし、『YouTubeに詳しい』って自分で言ってるような奴なんて、もっとうざいに決まってるの!」
「そうかな……?」
「そうなの! あんた、YouTuberにあまり興味なくて、『ひめゆり』がひめかとゆりかのユニットってことを知ってる程度でしょ。そのくらいがちょうどいいのよ。どうせ、見たのは、友達に勧められたダンス動画を1本か2本くらいでしょ」
その通りだけど、なぜ、そんなこと知ってるんだ?
「今、僕の心、読んだ?」
「読んでない! 超能力者じゃなくても、そのくらいわかるの! あんたの近況ノート読んでるんだから!」
「え」
「カクヨムの近況ノート。『友達に勧められた「ひめゆり」見たら、ダンスでゲームのステージとかアニメのエンディング再現してた』って書いてたよね」
「な、な……」
カクヨム?
近況ノート?
確かに、そう書いた覚えはあるけど……。
でも、どうしてひめかが……?
動揺する僕に、ひめかは、スマホの画面を見せつけた。
「これ、あんたでしょ!」
「!?」
表示されていたのは、僕のプロフィールページだった。
「そ……それは……その……」
「ごまかそうとしても無駄だから。あんたが大学のカフェでPC開いて近況ノートの更新したの見てたから」
「う……」
「それに、ここにリンク貼ってるXのヘッダーに使ってる写真って、大学に居る猫だよね。あんた、大学に煮干し持って来て、必死にあの猫のご機嫌とってたでしょ」
「な……なんでそれを……」
「見たのよ。あんたが、みっともなく地面に這いつくばって、猫の写真を撮ってたとこ」
うわ……あれを見られてたのか。
いや、そんなことより問題なのは、僕が「カクヨム」に小説を投稿してるのを知られたこと……。
「本名じゃなくてペンネーム使ってるとこみると、どうせ、「カクヨム」のこととか、小説のこととか、大学の友達には話してないんでしょ」
「あ……うん……」
「『この主人公みたいなのが好みなの?』とか言われるのが嫌だから秘密にしたいんでしょ」
「う……うん……」
「どう? わかった? 私はあんたの弱みを握ってるんだから、あんたは私の言うことを聞かなきゃダメなの!」
ひめかは、ツインテールの頭をサッと上げて、勝ち誇ったような笑顔を見せた。
「あんたの秘密をバラされたくなかったら、私の言うことを聞きなさい!」
「つまり、契約彼氏になれ……ってこと?」
「あんたにとっても、悪い話じゃないはずよ」
「……どこが?」
「どこが……って……あんたね、『小説を書くことに専念したい』とか『いい小説を書けば読んでもらえる』とか思ってんじゃないでしょうね!」
「え……」
「あんたの書いてるの、短編でしょ! 長編みたいに何回も更新するわけじゃないんだから、読んでもらえるように、長編よりもっと努力しなきゃ、ダメでしょ!」
「そ、それはそうだろうけど……」
「なのに、あんたはカクヨムの近況ノートも週1しか更新しないし、Xもリポストばっかり!」
「それは……その……書くことがなくて……」
「インスタのアカウントなんか、作ったままずっと放置してるじゃない!」
「映えのない生活してるから……」
「つまんない毎日を送ってる、ってことね!」
「悪かったな……」
本当のことだから、ボソッと呟くのが精一杯だった。
「だから、そんなあんたに、チャンスをあげよう、って言ってるの! 超人気YouTuberのドッキリに協力するのって、面白いネタになるでしょ」
「近況ノートやSNSのネタにしていい、ってこと?」
「ネタばらしした後なら、書いても構わないし、写真とか使ってもいいから!」
確かに、「『ひめゆり』のひめかの契約彼氏やってました!」って経験を書けば注目されて、小説の宣伝にもなるかもしれない。
「けど、注目を集めるってことは、リスクも集めるってことだよね……」
特定されてネットに大学や住所を晒されたりとか……。
小説の一部分を、悪意のある切り取りをされて晒されたりとか……。
「うーん……」
やっぱり、断った方が……。
「別に、あんたの顔とか出さないから! 誰もそんなの見たくないだろうし!」
「……だろうね」
「ホントに匂わせ程度にするから! 食事してるとき、ふたり分の料理が映ったり……とか、そういうのだから! 契約中はすっごく気をつけるし、視聴者の反応見てヤバイと思ったら、ネタばらしの後も、相手があんただってこと、絶対、わからないようにするから!」
「それなら……僕の方もネタになんかしないで、契約彼氏だったことを黙っていれば、誰にもバレない……」
「そうそう! それなら、安心でしょ! それとね、もうひとつ、あんたが断らない方がいい理由があるんだけど……」
ひめかが僕の方に頭を傾げた。
ピンクのツインテールの片方が、僕の袖に触れる。
まばたきする度に、バサッと音がしそうなくらいまつげが長い。
くちびるは、どうして、いつも、ツヤツヤに光っているんだろう。
不思議だな……。
「どう? 聞きたい?」
「う、うん……」
「それはね、あんたみたいなのは、この機会を逃したら、一生、私みたいな可愛い子と付き合えないからよ!」
「……」
それは、そうだろうけど。
自分で「可愛い」って言っちゃうの、どうなんだよ……。
確かに、可愛いけどさ……。
「なんなの? 怒ったの?」
ため息をついた僕に、ひめかが尋ねた。
「いや……なんだか、自分が情けなくて……」
「別に、情けないとは思わないけど」
「そうかな……」
「だって、あんたみたいなのって、オタクに優しいギャルが好きなんでしょ?」
「……」
そうだけど。
いや、そうじゃない。
今の会話の流れで、優しいところあったか?
ないよな?
でも、それを指摘する気力がない……。
「……いつなんだよ」
「何が?」
「ネタばらしの日。契約って、それまでだよね?」
いつまで我慢すればいいんだ?
「契約期限ね……1ヶ月でどう?」
「えっ?」
「短い?」
「いや……ちょっと長いんじゃないかな……?」
「そっか、1ヶ月あったら、バレちゃうかもね……」
「1週間は?」
「1週間じゃ、短すぎ! 行きたいとこ、全然、回れないじゃない!」
ひめかには、色々な計画があるらしい。
まあ、忙しそうだから、1週間だけだと匂わせ写真を撮るのも難しいのかも。
「じゃあ、10日……」
「2週間ね。これ以上は譲れない!」
「……わかったよ」
「ホント?」
「2週間だけなら……」
「うん、2週間だけ……ありがとう!」
ひめかは、ホッとしたような表情を見せた。
僕の方は、なんだか妙にドキドキしていた。
たぶん、素直な「ありがとう」が不意打ちだったせいだろう。
↓短編「がっこうのひみつ」はこちらです。
https://kakuyomu.jp/works/16817330653990075587
↓短編「英国紳士と淑女と蜃気楼の少女」はこちらです。
https://kakuyomu.jp/works/16817330668816132129
※このラブコメはフィクションです。
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