カクヨムコンに短編で参加したらギャル系YouTuberの契約彼氏になった

からこげん

第1話 契約彼氏になりなさい!

「ねえ、ちょっと」


 それは、12月1日の夕方の教室だった。


 僕は、自分が呼ばれたとは思わなくて、思わず左右を見回してしまった。


「どこ見てるのよ、あんたに話しかけてるのに!」


 矢崎ひめかは、怒ったような口調でそう言って、ボリュームのあるピンク色のツインテールを揺らした。


 丈が短いチェックのフレアスカートから伸びた足には高いヒールのブーツ。


 スレンダーな身体によく似合うフェイクファーのミドルコート。


 首元にはネックレス、耳にはピアスがキラキラと光っている。


「あんた、私のこと知ってる?」


「う……うん……」


 矢崎ひめかと僕は、同じ大学の同じ1年生で、同じ必修科目の講義を受けている。


 それ以外、接点はなくて、今日まで言葉を交わしたこともない。


 でも、僕は、彼女を知っていた。


 矢崎ひめかは、そこそこ名前を知られたYouTuberで、かなり目立つ存在だったから。


「『ひめゆり』のひめかさん……だよね」


「よかった、知ってたんだね」


 「ひめゆり」は清楚系のゆりかとギャル系のひめかのユニットだった。


 アイドル顔負けのダンスが幅広い層から人気を集めていて、あまり詳しくない僕でさえ、友達に勧められた動画を何度か見たことがある。


 そんな有名人のひめかが、僕に声をかけてくるなんて。


 彼女は僕の名前も知らないだろうし、同じ教室に居るのを意識したこともないだろう……と、思っていたのに。


「あのさ……あんた、私の……」


 教室には、もう、僕たちふたりしか残っていなかったけれど、ひめかの声は小さかった。


「あの……矢崎さん、僕、これからちょっと予定があるんだけど……」


 ひめかは、キッと僕をにらみ、怒ったような顔で口を開いた。


「私の……彼氏になって!」


「え?」


「あんた、私の彼氏になりなさい!」


 えええ?


 これって、告白……なのか?


 ギャル系YouTuberのひめかが、実は、僕のことを好きだった……ってこと?


「ちょっと! 変なこと考えてないでしょうね!」


「変なこと……?」


「私があんたのことを好き……とか、思ってるんじゃない?」


「え……でも、その……好きじゃない相手に『彼氏になって』なんて言わないだろうし……」


「別に、好きとかそういうんじゃないから! 彼氏は彼氏でも、契約彼氏だから!」


「契約……彼氏……?」


 そうか、契約彼氏か。


 それなら、別に好きとかじゃなくても仕方ない……?


 じゃなくて。


 契約彼氏って何だ?


「あの、契約彼氏って……?」


「そう、契約彼氏」


 爪と同じ色で塗ったくちびるで、ひめかはニッコリと笑った。


 だから、契約彼氏って、一体、何なんだ?


 困惑した僕の耳に、廊下を走る足音が聞こえた。


「ひめか! 遅いから、迎えに来たよ!」


「ゆりか……」


 背中に垂れたまっすぐな黒く長い髪。


 切り揃えた前髪の下には黒い大きな瞳。


 教室に飛び込んできたのは、「ひめゆり」の片割れのゆりかだった。


 そういえば、ゆりかもこの大学に通っていたんだっけ。


 学部が違うから、今日まで見かけたこともなかったけど。


「どうしたの? この人が、ひめかに何かしたの?」


 ゆりかはひめかに抱きつくと、警戒心丸出しの冷たい視線で、僕をちらりと一瞥した。


「警察、呼ぼうか?」


「やめてよ、別に、何でもないんだから」


「何かあったら困るから警察呼んだ方がいいよ!」


 うわ……。


 ゆりかって、大人しそうな外見なのに、ひめかよりずっとキツい感じ……だったんだ。


 そういえば、「ひめゆり」を見ろと勧めてきた友人が「どっちかというと、ひめかはボケ担当、ゆりかはツッコミ担当。見た目と逆なんだ」って言ってたっけ。


「何でもない、ちょっと話をしてただけ」


「ねえ、もう行こうよ!」


「そんなにひっぱらないでよ。バッグチャームが、机の足に引っかかってるんだから」


「ジャラジャラいっぱいつけてるからだよ。私があげたマスコットだけにして、あとは外してよ」


「いっぱい付けてる方が、カワイイでしょ!」


 ひめかは、床に置いたバッグを拾いながらさっと僕に近付き、囁いた。


「さっきの話、ゆりかにはナイショだよ」


「え……」


「じゃあね!」


 ピンクの髪から漂ってきた甘い香りに驚いているうちに、ひめかはゆりかに引っ張られて教室を出ていった。


「な……なんだったんだ……」


 僕がひめかの彼氏……いや、契約彼氏に?


 なんだ、それ。


 趣味の悪い冗談か?


 そうか、そうだよな。


 じゃなきゃ、からかわれた……とかだな。


 そうでなきゃ、説明がつかない……。


 ブルルルル!


 しばらく呆然としていた僕は、スマホの通知ではっと我に返った。


「あ……」


 投稿の時間だ。


 ひめかのことは、後回し。


 ギャル系YouTuberの気紛れなんて、真面目に考えても仕方ない。


 それより、カクヨムコンだ。


 僕は、ノートPCを広げ、カクヨムのサイトにアクセスした。


 ドキドキしながら、下書き状態の小説の「公開」ボタンを押す。


 僕が参加するのは「カクヨムWeb小説短編賞」。


 年に1度のカクヨム最大のコンテスト。


「よし!」


 投稿完了。


 リロード。


 画面には、全く動きがなかった。


 今回、初参加の僕は、「期間中にコンテスト参加のタグをつけて投稿すれば、いつもよりもたくさんの人が読んでくれるはずだ」なんて期待していたけれど……。


「まあ、そうだよな……カクヨムコンに参加しただけで、すぐにPVとか応援とかレビューとか増えるわけないよな……」


 ノートPCを閉じようとした僕は、近況ノートについた「いいね」に気付いた。


「エビアボカドさんだ……!」


 反応してくれる人がひとり居てくれただけで、すごく心強い。


 エビアボカドさんは、今度の短編もきっと読んでくれる。


 気に入ってもらえるかどうかわからないけど、読んでもらえたらPVは1つ増える。


 そう思うだけで、心が軽くなった。


「エビアボカドさん! もし、ちょっとでも面白いなと思ったら、応援とかレビューとか押してください! よろしくお願いします! お願いします!」


 ノートPCのモニターに向かって祈る僕の頭からは、ひめかのことも、ひめかに言われた「契約彼氏」のこともすっかり抜け落ちていた。



↓短編「がっこうのひみつ」はこちらです。

https://kakuyomu.jp/works/16817330653990075587


↓短編「英国紳士と淑女と蜃気楼の少女」はこちらです。

https://kakuyomu.jp/works/16817330668816132129


※このラブコメはフィクションです。

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