第7話 異世界転移は唐突に

「指揮者の証?まさかこんなアイテムがあるなんて?何かの称号かしら?」


一番好きなゲームは何か?

そう聞かれたら私は、小学生に好きな食べ物を聞いて「カレー」と答えるくらい

スムーズに一瞬の迷いなくこう答えるだろう


「北極星のアレグリア」~聖戦の証~


もうこのゲームをやり込みすぎて既に今回で12週目だ。

それくらいお気に入りの作品だ。

世の中にはFPSだのオープンワールドだのという今流行りのゲームが溢れていると

いうのに私はと言えばこの時代錯誤な戦略シュミレーションにドはまりしていた。


このゲームの魅力を語り出したら、半日は一人で語り続けられる自信があった。


自分の選択しだいで一国が滅亡したりする等分岐する重厚なストーリー。

敵の配置や属性、種族、天候などありとあらゆる要素が複雑に絡み合う戦略性。

最大で地下150階にも及ぶ裏迷宮裏ダンジョンのあるやり込み要素。

ど派手な必殺技に美しい召喚獣。中二心ちゅうにごころをくすぐる多彩な武器防具。


現在で三部作で構成されているこのソフトは、最高傑作と呼び声が高い

人気のゲームだ。


それでも12週もプレイしていると流石に普通のプレイではつまらなくなり今までは

巷でよく聞く縛りプレイや、RTAなど色々な角度で楽しんできた。

そして今回の周回はと言うと一風変わったアプローチでゲームを進めていた。


変わったアプローチと言っても別段難しい事ではない。物語の進行上、

普通は戻らないタイミングで以前に行ったことのある街や村に戻ってみる

という事だった。それ自体は誰でも簡単に思いつく事だったが、

ひとつだけ違うとしたらあるモンスターがドロップする超レアアイテム

「千里眼の瞳」を各町で使用しただけ。


この「千里眼の瞳」はマップ上にある全ての埋もれた財宝の場所がわかる

かなり重宝するアイテムで、序盤でエリクサー等貴重なアイテムも手に入る。

ただ物語的には最初はNPCが少し違う会話が用意されている等

些細な事ばかりだった。


転機が訪れたのはある村の青年に話しかけた時、井戸の中から変な声が聞こえると

いった内容だった。さっそく捜索していても狭い井戸の中、調べてみても

何もなかった。そこで試しに使ってみたのが「千里眼の瞳」だ。


光っている場所があったので調べてみるとアイテムでは無く隠し階段が

出てきたのだ。もちろん私はなんの迷いもなくその階段に入ってみた。

すると見た事の無いモンスターがわんさかいるではないか。

しかもシナリオまで用意されていた。

これを見つけた時の興奮と胸の高鳴りは、リアルに小躍りしてしまったくらいだ。

会社では「経理の鬼」とか呼ばれている私からは誰も想像できはすまい。


そしてそれが昨日の夜の出来事だ。夜も遅かったので興奮冷めやらなかったが翌朝の

仕事の事を考えてその日は寝てしまった。


そして花金の本日私は近所のスーパーで買ってきた唐揚げと餃子を慣れた手つきで

電子レンジから取り出しテーブルに置くと、いつもの発泡酒をカシュっと開ける。

この小気味の良い音を聞くと仕事終わりの至福のひと時の始まりだと実感できる。


「あー美味しー。やっぱスーパー伊丹の唐揚げしか勝たんわ~生き返る~」


コンタクトを外した丸眼鏡に、髪はヘアバンドで纏めたお風呂上りの姿で

唐揚げをひとつ頬張るごとにキンキンに冷えたビールで流し込む。

誰にも見せる事の無い独身三十路過ぎのOLの姿である。


私はある程度酔いが回ってきたところで、おもむろにゲームのスイッチを入れる。


「さ~て、ようやくお待ちかねのゲームの時間~♪昨日の続きを楽しみじゃお~」


ビール2・3缶飲み終わるころにはようやく隠しシナリオのボスに最期の一撃

を加えた。


『むぅぅ、まさかこの私がこんな所で肉体を失う事になろうとは・・・

まあいいでしょう私の魂は永久に不滅です。貴方とはまたいつか

相まみえる日もくるでしょうか?

そうだ!貴方をこちらの世界に呼んでしまうのはどうでしょう?

我ながら良い考えだ!

ふふふ・・・でも今は・・・・・その時を楽しみに・・・・待つとしましょう。』


そう不穏なセリフを吐くと隠しシナリオの怪しげな風貌のボスキャラは消滅した。

かなりトリッキーな編成で何度も蘇る凶悪なアンデットはクリア経験がある

百戦錬磨の私でも中々に歯ごたえのある難易度だった。


「このセリフからして、何かまだ隠しシナリオの続きがありそうな気もするな~」


取り敢えずリザルト画面に進むと、見た事の無いボーナスアイテムがあった。

カーソルを合わせると、指揮者の証と書いてある。

これだけ苦労して、隠し武器やアイテムなどではなく称号なら正直ガッカリだ。


ここまでクリアするのに3時間以上は掛けている。労力に見合っていないと思うが・・・

取り敢えずこのアイテムの説明欄を読むことにした。


『備えよ。貴方は選ばれた。災いは遠き西の地よりやがて来たりて、大地を

穢れと畏れで満たすだろう。時間はない。この証を持つ者よ。我が呼びかけに答えよ』


「?」


一体何の事だろうか?それ以外に特に説明がない。

やっぱり何か続きがある?これはちょっと楽しみになってきた。明日はお休みだし

徹底的に洗い出してみよう・・・・そう不敵に笑った所で外がピカっと光った。


ゴロゴロゴロゴロゴロ・・・・・・・ザーーーーーーーーーー!!


どうやら雨が降ってきたらしく、窓に近寄ってカーテンを開ける。

バケツをひっくり返したような雨粒がアパートの前の薄暗い道路をみるみる濡らしていく。


「あれぇ?今日って雨の予報だったっけ?」


スマホで天気予報をもう一度見返して確認してみようと後ろを振り返った瞬間、

ひと際大きな光が後ろで光ると部屋全体を明るく照らした所で私は意識を失った。

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傾国の美女と百英雄を従える少女 野々宮のの @nonomiyanono

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