第6話 魂の器
「
魂の器を用意して下さい。なお3分40秒後に準備を完了できない場合、
全てのシーケンスを強制解除します。」
全く感情の籠らない機械的な声が、シ・・・ンと静まり返った召喚堂に響く。
聞きなれない言葉ではあるが、直感的に不穏な事態にあると感じるのか
召喚士達は皆一様に息を飲んで顔を見合わせた。
ナガセは予想しえなかった事態に、この召喚術式を提唱したカレン・ミューラーの
論文を脳裏で必死に思い起こすが、指揮者という言葉は無かったのは間違いない。
だが、まずい事になった。器とは恐らく今回用意した触媒のような物であろう事は
容易に想像がつくが、もう準備している時間は無い。
どうする?何か代わりになるようなものがあれば・・・・ナガセは思案する。
彼はあと一歩と言う所で、全てが無に帰してしまう可能性が脳裏に過ると焦りから
思わず苦悶の表情を浮かべ無意識の内に自身の親指を噛んだ。
「私では・・・・私ではだめでしょうか?」
急に八千代が女神の形をした聖幽体の前に進み出て、突拍子もない事を言い出した。
その顔は真剣そのもので、ある種の覚悟と少しばかりの不安を感じる。
「千代!何を言っておるんじゃ?」
「師匠!ですがこのままでは全て終わってしまいます!私にはわかるんです!」
「馬鹿な事を申すなっ!!今儂がなんとかす・・・・・
ナガセがそう言い掛けた所で女神のような存在が千代の方を凝視している事に
気づく。そしてまたその感情の籠らない抑揚のない声で発声される。
「被検体:東雲八千代・・・・指揮者との適合率をサーチシマス。・・・・設定深度レベル4でサーチ中
・・・進行中・・・・
内骨格適合率87.4%、魂深度シンクロ率69.4%、健康状態良好、判定A+受肉可能です」
「女神様!お願いします!私を器としてお使いください。この身がこの国の
役に立てるなら・・・・・惜しくはありません!」
「千代!やめなさい!そんな事は許可できない!」
「被検者本人の申請を受諾しました。指揮者を被検体:東雲八千代へと統合します。
エーテルドライブ・・・・これより異世界召喚最終フェーズへ移行します」
ナガセが大声で叫ぶ中、無常にも八千代の体は宙に浮いて行き真っ白な綿毛の
ようなマナに包まれ光り輝いて、やがて彼女の姿をかき消していった。
「器を再構築します・・・進行中・・・・指揮者の
検証中・・・・ザザッ・・・・統合に成功しました。中和しています・・・・」
止める間もなく勝手に事態が進行していき、ナガセはガックリと膝から崩れ落ちた。
ナガセは眩しいほどの才能を持っていた彼女にこれまで自分の全て叩き込んできた。
まるで乾いた砂に水が吸い込まれていくかのように、彼女は召喚術を覚えていった。
いつしかナガセは彼女を娘のように思い、ゆくゆくは自分に変わってこの
大楼殿で召喚士長として後を継いでもらおうと考えていたのだ。
そんな彼女が今まさに国の為の礎となる事を選んだ。選んでしまった!
あんなに頑張ってきた彼女が一体なぜ突然?
魂の器となれば彼女の全ては消失してしまう可能性があるというのに。
八千代が光の奔流に包まれ、激しく明滅を繰り返しながら渦巻くマナの中で
変容を遂げていく。まるでそれは小さな雷雲の様だった。
ナガセは後悔と焦燥感に苛まれながら、その様をただ見守るしかない自分に
怒りを覚えプルプルと手を固く握りしめすぎて血が滲んでいた。
「そんな・・・副士長が・・」「やだぁ・・・・なんで?」「・・・・・・・」
事の成り行きを見守っていた他の召喚士達からも、驚きと疑問の声が上がる。
いつも明るく前向きな彼女は召喚士仲間からも慕われていた。
なのに突然自身の身を捧げた彼女に、戸惑いを隠せないのは当然と言えた。
「
要件を満たしていません。必要マナの補填に霊的マテリアルを使用します・・・」
女神らしき聖幽体がそう告げると、ナガセの目の前にあった霊玉「八尺瓊勾玉」が
宙に浮いて八千代がいるであろう雷雲目掛けて吸収された。
皆がその様子を見守っていると、雷雲から真っ赤な光が中心部から溢れだした。
それはまるで煮えたぎるマグマのようであり、小さな太陽のようでもある。
凄まじい光量が辺りを照らし、その場にいるものは思わず目を細める。
やがてそれは次第に収まっていき、一人の少女が姿を現した。
空中から現れた彼女は背中から黒色の翼が生えておりその場に静止している。
八尺瓊勾玉を取り込んだからかその体からは、濃縮された途轍もない濃度の霊気が
溢れておりまるで魔導災害の様相を呈している。
なのにその霊気は少しの霊障も起こさずそれどころか神聖な気が場に満ちていく。
『
封鎖します・・・・ザー・・門の封鎖を確認。チャンネルを終了します』
また無機質な声で召喚の際に現出していた聖幽体が、そう告げると突然ブツリ
という音と共にまるでテレビを消したときのようにその姿が霧散して消えていった。
・・・と同時に空中に浮いていた少女の霊圧と黒色の翼もスーっと薄くなり完全に
消失すると少女は頭から地面に落下し始めた。
ナガセ達は慌てて彼女の落下する場所に駆け寄り、地面に激突寸前の所で何とか
抱きとめる事ができた。
ナガセが彼女の顔を覗き込むと、どうやら意識を失っているようで彼女の小さな胸が
僅かに上下に動くことで浅い呼吸をしている事がわかる。
心配した他の召喚士達も次々と彼女の元に集まってきて皆一様に不安そうな
表情で落下した彼女の様子を伺う。
青い顔をして浅い息を吐く彼女の様子を見て、ナガセは動揺する気持ちを何とか
精神力で押さえ周りの召喚士達をグルリと見回しすと矢継ぎ早に指示を飛ばした。
「
「「はい!!」」
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