たつどし

 一応、じいちゃんが死んで初めての正月なので、親戚だけで比較的静かに過ごそうということになっていた。なってはいたのだが、酒盛りが始まれば当然普段なかなか会えない相手と話が弾む。じいちゃんが生きていたころは襖を外した座敷を介抱して近所の住人が挨拶に来るに任せていたことを考えるとこれでも小規模ではあるのだが。

 俺が呑める年齢になって初めての宴会ということもあって、親戚が入れ替わり立ち替わり酒を勧めてくる。ビールと缶酎ハイを合わせて二本半干したところで、俺はこっそり広間から退散した。台所へ寄って、叔母さん秘蔵の純米大吟醸をいくらかいただいておちょこふたつに分けて注ぐ。通りざまに廊下に落ちていた父からサキイカのハンドパックとみかんもくすねておく。


 向かうのは裏山だ。


 ◆


 初雪が降るか降らないかの時期の一件以来、俺の目下の悩みは例の竜神様もどき様と意思疎通が取れないことだった。じいちゃんは宇宙の謎パワーで交信していたのかもしれないが、俺には特に何も伝わってこない。この前のあれは守屋に乗り移ったか何かした竜神様もどき様の仕業らしかったけれど、毎度毎度守屋と能さんにゲロやら鼻血やら出させるのだって申し訳ないし、何より金が続かない。

 かといって竜神様もどき様が寂しくなった時に、毎回怪奇現象を起こされるのもまっぴらである。


 というわけで、俺は能さんにLINEで相談した。学生の内はアフターケア込みで相談無料にしてあげるからねと言われていたのだ。

 こちらから話しかけているのが伝わっているのかどうかもわからないのが困る、という旨のメッセージを送ったら、すぐに返信があった。『こういうのを使ってみたらいいんじゃないかな』『動いてもおかしくないものなら動いてもおかしくないでしょ』というメッセージと一緒に送られてきたのは、通販サイトのリンクだ。手のひらをふたつ合わせた上にちょうど乗るくらいの、中に動力の入っているぬいぐるみ。いくつか種類があるようだが、短いドラゴン……龍? のものが目を引いた。普段あまり見ないような気がするが、次の干支が辰年だから?

 動いても云々というのがよくわからなかったので訊いてみたら、『市松人形が動くと怖いけど電池で動くおもちゃなら動いてても誤作動かもな~と思えるでしょ。ああいうものにあんまり怖がる人が出そうな文脈を付与するのはよくないから』と長文で教えてくれた。いまいちピンとこないが、おとなしく言うことを聞くことにした。

 俺としても、じいちゃんの推定好い人――人ではないが――がB級ホラー映画に出てくる殺戮人形みたいになってしまうのは本意ではない。


 ◆


「あけましておめでとうございま~す……」

 冬の山は寒い。高校生の時に使っていたベンチコートを引っ張り出して着てきたが、それでも登っている最中に指先が冷えた。酒バフがもう切れかけている。手に息を掛けながら登っていくと、そうしないうちに祠へ着いた。


 裏山のてっぺん近く、踏み固められて少し開けたところに位置する祠は、石組みの上に小さな社を乗せたような形をしている。向かいに上が平たくなった、腰かけやすそうな石が置いてあって、そこに座るとちょうど社の開くところが目線の高さくらいになるようだ。見ているとだんだん、昔に蝉取りをしたり駆けまわって遊んだりした記憶がよみがえってくる。


 簡単に掃除をして落ち葉などを避けて、おちょこの片方とみかんとサキイカを祠の中に入れる。お供えの作法なんかも聞いている暇がなかったので自己流だ。そもそもじいちゃんが死ぬまで裏山の祠なんていうのは「なんかそこにあるけどよくわからないやつ」でしかなかったし。

 それに、本日のメインイベントはほかにある。


「ええと……あんまり長い時間やるなって言われたので、ちょっとだけなんですけど」

 言いながら、懐に仕込んできた例のぬいぐるみを取り出す。ぬくもりが移ってやや温かいそれを、祠の前に座らせて電源を入れる。

「これは動いてもおかしくない、これは動いてもおかしくない……と、……どうですか?」

 声を掛けてみると、ぎこちない動きで右手が上がった。おお~と拍手をする。こういう動きをするぬいぐるみではないと思うが、そういうマインドセットがあるだけで何らかの違いがあるんだろう。俺は詳しくないからよくわからないけれど。


「今晩だけですからね、次やるのはええと……一周忌かな、多分帰省できると思うんでその時か、最悪お盆なので、その時以外はやっちゃだめ」

 首がうなずくように動く。よしよし。


「けっこうちゃんと俺の声も聞こえてるんですね」

 同じくうなずき。


「お供え物ってこんな感じでいいの?」

 動きなし。


「もっとお菓子とかあった方がいい?」

 これには首が横に振れた。


「それともミネラルウォーターとか」

 記憶の断片のようなものを思い出して訊くと、うなずきが返ってきた。きれいな水、きれいな水と忘れないように何回か呟いておく。


「学校行かないといけないからたまにしか帰ってこれないけど、あんまりもの動かしたりしないでほしい……」

 これにもうなずいてもらえた。よかった。


 他にもいくつか、イエスノーで答えられる簡単な質問をいくつかやったりとったりした。子供の遊びみたいなものだけれど、それなりに楽しかった。

 ああそうだ、これも訊こう。

 そう思ったのは酔った勢いだったと思う。


「……じいちゃんのこと好きだった?」

 ややあって、首が縦に振れた。あーやっぱり。じいちゃんどう思ってたんだろうな、結構ばあちゃんとラブラブだったと思うんだけど。死人は口を利かないから、今更尋ねることもできない。


 なんだかかわいそうになって、俺は手を伸ばして祠を撫でた。

「俺じいちゃんの代わりにはならないかもしれないけど、がんばって立派なお医者様になってこっち戻ってくるからさあ、そしたらもう寂しくないよな」

 これへの返事は……覚えていない。本当に。


 ◆


 目が覚めると朝だった。朝日が昇りかけの眩しさで目を覚ましたらしい。上着を着ていたとは言え、真冬に外で寝たのに風邪のひとつも引いていなかった。こっそり母屋に戻ろうとしたのだけれど普通に雑魚寝をしていた父親と叔父さんに見つかって、呆れられつつしっかり叱られた。星を見ながら呑みたかったんだと言い訳をしたら一応納得はしてもらえたらしい。


 部屋へ戻って、もう少し寝直そうかとぬいぐるみをちゃぶ台に乗せようとして気付いた。何故だかほんのり温かい。夜じゅう屋外に置きっぱなしにしていたはずなのに。――思い直して、俺はぬいぐるみを抱えたまま布団に入った。ころんとしたかたちで落ち着かないのも、お腹に乗せて上から手で抑えたらちょうどよかった。


 祠に入れた方のおちょこは空になっていたし、みかんは見当たらなかった。サキイカはそのままだったけれど、パッケージの表にうっすらとひっかいた跡のようなものがついていた。今度は開けておいてあげようと思った。

 すべては純米大吟醸の見せた夢かもしれないけど、それでも。

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