守屋さんたち

春道累

銀杏姫

 講義棟の前の道は、それは見事な銀杏並木になっている。

 毎年これくらい冷え込んでくると、黄色く色づいた葉が道路の一面を埋め尽くして壮観である。自転車通学の面々は車輪が滑りそうで怖いなどと言うが、市は徒歩で通っているので特に支障はない。ほんのひと月ほど前までは落ちた実が臭いだのなんだのさんざんに言われていたのだが、現金なもので隣を歩く暮原は綺麗だとはしゃいでいる。

 

「てかどしたん守屋、寝不足?」

 足元を見つめて歩いていたら、暮原に声を掛けられた。確かに中間試験の時期で寝不足ではあるのだが――

 笑い声が聞こえる。

 きゃらきゃらとあどけない女の声だ。見上げれば梢の天辺に腰かける娘が見えるのを市は知っている。手首より細い枝に座っているのだから人間ではありえない。美しい振袖を着ていて、時々人のことばをしゃべって「かわいらしい人の子」「遊びましょう」「お婿においでなさい」というようなことを言う。返事をしてはいけない、というか存在を認知していると相手方に知られるのがまずいのは自明だ。

 

 大学に入って初めての秋、黄葉が綺麗だと思ってふと見上げたらそこに彼女がいた。とっさに目を逸らしたけれども、それだけの短い時間でも、この世のものとも思えない美しい顔立ちをしているのが見て取れた。これ以上見ると危ないと本能がはっきり告げていた。持っていかれる。冬が深まって葉がすっかり落ちてしまうころには姿を消していたので、おそらくは期間限定。年に数週間だけあそこで遊ぶ何かなのだろう。

 

 縁を辿って能まで取られるようなことがあればと思うと恐ろしくて、結局市の目に入るのはこれまでもこれからもすでに散ってしまった黄葉だけである。

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