第3楽章「ばんそうこう」

 天才みかちゃんとの衝撃的な出逢いから1年ほど時が流れて、ぼくたちは、小学校3年生になっていた。


 相変わらず、みかちゃんは、天才で、無敵で、ラスボスで……


 すごく難しい曲を次々と楽しそうに弾いている。


 みかちゃんの異常なまでの上達の速さを目の当たりにした先生は、

「私が、この子の才能を潰すわけにはいかない」

 と言って“天才”を指導するのに相応しい先生を探しているようだ。


 変わったことと言えば、3年生になってから、みかちゃんの手や足に、ばんそうこうが増えたことだ。


 ぼくとみかちゃんは同じ小学校に通っているが、違うクラスなので、みかちゃんと同じクラスの友達に、みかちゃんのことをきいてみた。


「ああ……みかちゃんかあ……あの子、生まれつきの病気で“普通のことが普通にできない”だろ? ぼくのクラスにすごく意地悪なやつらがいて、みかちゃん、やつらに目つけられちゃって……はじめは、バカにされたり悪口言われたりしているだけだったんだけど、最近は、足引っ掛けられて転んだり、物を投げつけられたりしていじめられてるんだ。助けてあげたいけど、みかちゃんの味方すると、味方したやつらもひどい目にあうんだ……」


 ぼくは、その話をきいて、はじめて、みかちゃんのことを可哀想だと思った。


 この話をきいた日はちょうどピアノのレッスンの日だったので、レッスンが終わったみかちゃんとすれ違った時、ぼくは、


「みかちゃん、ひどいことするやつらのこと、大人に話して助けてもらった方がいいよ」

 と言った。みかちゃんは、ニッコリ笑って、


「ありがとう、こうた。でも、みかね、ピアノひくと、いたいの、つらいのなおるからだいじょうぶ! みかがピアノひくと、みんな、ほめてくれる。みんな、みかのことバカにしたり、たたいたりしない」

 と言った。


 ぼくは、この言葉をきいて、心がチクチクした。

 そして、わかった。


ーーみかちゃんには、ピアノしかないんだと。

ーーピアノが、みかちゃんの世界のすべてなんだと。


 間もなくして、みかちゃんは、転校することになった。みかちゃんみたいな“普通のことが普通にできない”子どもたちがたくさんいる学校に通うことになったらしい。


「さくらピアノ教室」での最後のレッスンの日、みかちゃんが弾いたのは、

『子犬のワルツ』だった。


 そして、最後のレッスンを終えたみかちゃんから、ぼくは手紙をもらった。


 そこには、下手くそな子犬の絵と、赤いみかちゃんのレッスンバッグ、そして、ぼくが捨ててしまった青いレッスンバッグの絵が描かれていて、


『こうたのこいぬのわるつ、ころころ ころころ わんわん ころがる たのしそう!』

 と書いてあった。


 みかちゃんはあの日、ぼくが弾いた『子犬のワルツ』をバカにしたわけではなかったのだ。


 今度は、心がズキズキした。


 後悔したぼくは、あの日捨てたバッグと同じレッスンバッグを買おうと、さんざん探し回ったけれど、もう、同じものは、どこにも売っていなかった。

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