第2楽章「わんわん ころがる」

 みかちゃんが「さくらピアノ教室」に来るまで、ぼくは小学生の生徒の中でいちばん上手だったんだ。小学6年生のゆうかちゃんよりも上手だった。


 ぼくは、もしかしたら“天才”なんじゃないかと思っていたんだ。

みかちゃんと出会うまでは……


 小学2年の春、みかちゃんが体験レッスンに来た。


 その日は、ちょうど、みかちゃんの体験レッスンの前の時間がぼくのレッスンだった。


 予定の時間より早く到着してしまった、みかちゃんとみかちゃんのお母さんは、ぼくのレッスンを見学することになった。


 ぼくは、ショパンの『子犬のワルツ』を弾いた。


 同い年の女の子にかっこいいところを見せてやろうと思ったんだ。


 ちょっと緊張してしまったぼくは、力んでしまって、途中テンポが走ってしまった。


 ミスタッチも2箇所ほどあった。


(まあ、初心者にはわかんないだろうけどね……)


 ぼくは「どうだ! すごいだろう!」という顔をしていたと思う。


 みかちゃんは、足をプラプラさせ、両手の手のひらを、まるでリズムををとるようにぱんぱんっと規則的に叩きながら、


「ころころ ころころ わんわん ころがる


ころころ ころころ わんわん ころがる」


 と歌いながら、楽しそうに笑っていた。


 ぼくは、途中でテンポが走ってしまったところをバカにされたのだと思い、すごく頭にきて、


「ぼくも、あの子の体験レッスンを見学してもいいですか?」

 と、先生にお願いした。


 みかちゃんは、先生に、


「さっきのあの子がひいてた、わんわんひきたい!」

 と言った。


「みかちゃんは、ピアノ弾くの今日が初めてなのよね? 今はまだ“こうたくん”と同じ曲を弾くのは難しいかなぁ……これから、みかちゃんがいっぱい練習頑張ったら、さっき“こうたくん”が弾いた曲も弾けるようになるわよ!」

 と、先生は言った。


(先生の言うとおりだ! ピアノをなめるな!)


 それでも、みかちゃんは、弾きたい、弾きたい と言って諦めないので、先生は、とりあえず、みかちゃんに自由にピアノを弾かせることにした。


 次の瞬間、ぼくと、先生と、みかちゃんのお母さんの時は止まった。


 みかちゃんの『子犬のワルツは』さっき、ぼくが弾いた『子犬のワルツ』よりもはるかに上手で、しかも、テンポが走ってしまったところも、ミスタッチしてしまった2箇所も、完璧に修正されていた。


「ころころ ころころ わんわん ころがる


ころころ ころころ わんわん ころがる」


 みかちゃんは、さっきの歌を歌いながら、楽しそうに『子犬のワルツ』を何度も弾いていた。


 ぼくは、本物の“天才”と出逢ってしまったのだ。

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