第5話 悪役令嬢だけど!!
「えっ! あ、いえ……誰に言われたわけではなく。私が、日頃の行いを反省して勝手にそう言っているだけで……」
再び大広間には王太子殿下を中心に、不穏な雰囲気が広がる。私は慌てて弁解を口にした。この世界において悪役は私だ。悪役令嬢を苛める猛者など存在しない。私の失言により変な誤解を与えてはならないのだ。
「そうなのかい? でもステラは素敵な僕の婚約者なのだから、そんなことは言ってはいけないよ」
「ひょぇ……」
王太子殿下は瞬きをすると柔らかい笑みを浮かべ、気遣う様に私の右頬を優しく撫でる。誤解は解けたようだ。
「それから……勿論、婚約破棄なんてしないからね?」
「は、はい……」
彼の表情も明るくなり安心すると、殿下の左手が右耳に触れた。
そういえば、彼には私の本音を聞かれていたのだ。先程までは録音された音声にだけ気を取られていたが、婚約破棄をしたいと溢していた愚痴も聞かれていたことになる。此処は素直に頷いておいた方がいいだろう。
小さく頷きながら返事をすれば、頭を撫でられた。可愛いの可愛い動作に胸が熱くなる。
「さて、ステラ。イヤリング越しに君の本音を聞くのも良いけど、顔を見て直接返事を聞きたいのだけどな?」
「……え? 返事ですか?」
完全に何時も通りの殿下に戻ると首を傾げた。その動作により、彼の柔らかいゴールドの髪が揺れる。可愛いと見上げていると、彼が言う『返事』とは何のことだろう。思い当たる節がなく、思わず聞き返してしまった。
「先程、僕が君の此処に囁いたのを忘れてしまったのかい? 仕方がない。もう一度……」
「だ、大丈夫です! 思い出しました!!」
私の反応に殿下は仕方がないと笑うと顔を近づける。既視感があるその動作に、私は飛び上がり思い出したことを叫ぶ。彼の返事とは告白についてである。
「……そうかい? 遠慮しなくてもいいのに」
名残惜しそうに顔を離す彼に、安堵しながら私は呼吸を整える。彼は全てを知った上で、本気で私のことを思ってくれている。私はそれに応えたい。
「レオンハルト王太子殿下、私は……」
「レオン」
「え? 王太子殿下?」
「レオンだよ。ステラ、本音では何時も呼んでくれているだろう?」
いざ思いを伝えようとすると、名前について指摘を受ける。殿下は常々、愛称で呼ぶことを望んでいた。私は婚約破棄をされることを目標にしていた為、その提案を全て却下していたのだ。
だがイヤリングの緊急通信により、私の本音が聞かれ愛称を口にしていたのが知られている。逃げ場がない。しかし、面と向かって愛称を呼ぶ勇気がまだないのだ。
「……レオン殿下」
「レオン」
妥協案として呼称を呼ぶと彼は只、笑顔で訂正をする。我儘とは思わないが、自分の考えを持ち貫こうとする姿勢も可愛いらしい。何よりもそれを私自身に求めているという事実が、天に舞うほどの喜びである。
「レ、レオン様」
勇気を振り絞り、初めて彼の愛称を口にする。すると殿下は満足そうに頷くと、静かに続きを待つ。言葉を発するのに、これ程の勇気と緊張を感じるのは前世も含め初めての経験である。
「レオン様。わ、私も……愛しております……」
エメラルドグリーンの瞳を見上げ、私の偽りのない言葉を告げた。
「ありがとう、エステル。とても嬉しいよ」
朗らか微笑むと、彼は強く私を抱きしめた。自身の鼓動が五月蠅く、抱きしめている彼に伝わるのではないか心配になる。だが彼の胸からは、私と同じように速い鼓動が響く。緊張をしていたのは私だけではなかった。その安心感と嬉しさから、殿下の背中へと手を回した。
告白を終え抱擁を交わすと、周囲からは割れんばかりの拍手喝采が響き渡る。
私たち二人を祝福する声を聞きながら、王太子殿下を見上げた。すると彼の手には小さく魔法陣が浮かんでいる。
「なっ!? 録音したのですか!?」
「違うよ。録画だよ?」
一部しか見えない魔法陣から用途を言い当てると、予想よりも悪い答えが帰ってきた。彼は魔法陣を消すと、宥めるように私の頭を撫でる。
「……っ!? け、消してくださいませ!!」
「大丈夫。結婚式と記念日には国中に放映しよう」
何も大丈夫ではない。私の醜態を国中に知られることになるなど、羞恥心に耐えられない。私は殿下の腕の中で抗議の声を上げるが、彼は微笑むばかりである。その笑顔は可愛いが、今は私の尊厳を守ることが急務だ。
誰かに助けを求めるようと両親や国王陛下御夫妻を見るが、涙をながしながら拍手をしている。
「ステラ? 僕が目の前に居るのに早速余所見かい?」
「ひゃっ!?」
突然の浮遊感に見舞われ驚くと、右耳に殿下の声が囁かれる。数秒遅れて、私は彼に横抱きにされていることに気が付いた。
「うん! これからはステラと居る時は、こうしていよう!」
「なっ!? レ、レオン様……」
殿下は名案だと自信満々に顔を輝かせた。子どものような無邪気な笑顔も素敵だが、彼の発言には驚きが隠せない。
彼と居る時はこの体制ということは、学園や王城でこの姿を大勢に見られることになる。ただでさえ殿下と密着しているだけで全身が熱くて仕方がないというのに、その姿を見られるなど耐えられない。
懇願するように、私は何時もよりも近い彼の顔を見上げた。
「だって……顔が近ければ、内緒話もし易いだろう? 恥ずかしがり屋なステラには丁度いいと思うけど?」
「ふぇぇ……」
優しい声が耳元で囁かれ、新緑を連想させるエメラルドグリーンの瞳に私を射抜く。何手も上手である彼には敵わないようだ。私は顔を真っ赤にさせると奇声を上げる。
悪役令嬢であるからと好きな人との関係を諦めていたが、彼は私のことを見ていてくれた。こんな私でも良いと求めてくれたのだ。この喜びも幸福感も、全て殿下に与えてもらった。彼には感謝しかない。
「お、お手柔らかにお願いします……」
彼の首に腕を回すと、左耳元へ返事を口にした。
その後。私の文句を口にしていた人達は、私達のやり取りを見て激しく感激し、殿下と私のファンクラブを立ち上げた。大広間には私と殿下の銅像が建てられ、恋の成就として聖地扱いをされることになり。
ヒロインが登場すると何故か私が慕われ、殿下とヒロインが張り合うことになるがそれはまた別のお話である。
冷血悪役令嬢は婚約破棄されたい 星雷はやと @hosirai-hayato
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