9. 密やかな旋律、物語の断片

「うわー、これはもう飽きたよ。みんな、これ要る?」


私は温かい肉を平焼きパンに包むのに集中しながら言った。


「んー、私は全然平気だな。食べられるよ。ローレンは飽きるのが早いね」


「ふん!私の料理にその口はなんだ!」


「グレンさん、これは本当に美味しいですよ」


ローレンは香辛料をたっぷり肉にかけて食べながら言った。


「あー、これがなかったら、私は無理だな。そろそろ違う食べ物も欲しいな」


「贅沢言うな!こんな所でちゃんとした食事ができることなんて、普通はあり得ないんだからな!」


バグナは平焼きパンに肉をいっぱい乗せながら言った。


「確かにそうですよ、ローレン。

ここは夜になると風が強くて寒くなります。

こうやって体が温まる食べ物を食べられるのは、本当に助かりますよ。

しかも毎晩、食べてるしね」


「ふむ、ビドルフはどうやってここまできたのかな。

あの時代は道案内もなかったのに」


バグナが言った。


「【風宿りの守護者】ビドルフ!

彼女の話は私たち吟遊詩人の間でも多く伝えられています。

道端の少女が《ニョルズの破片》を手に入れて魔法使いになった話や、

旅をしてナグルファルで《バニルの破片》を初めて見つけた話、

初代シードホート魔法学校長になった《ホール・エル》を始め、才能ある子供たちをシードホートに連れて来た話など。

自由にさまざまな場所を旅したと言われています。

ローズルやヘーニルのいろんなところを訪れ、《バニルの破片》を集めたとか、

最後の旅では不思議に消えたと言われていますね」


ローレンが言った。


「ふむ、それで言うと、初代の魔法使いの中で【シードホートの墓場】に入ったのはスバトフディだけだよ。

他の者たちはみんなガイルバルド山脈を越えてヘーニルに行ったらしいが、その後にどうなったか知らないんだよね」


グレンが壺を割って熱い肉を出しながら言った。


「ガイルバルド山脈を越えてヘーニルに行くことしかできなかった時代、

初代の魔法使いの中で最後にボルバプがヘーニルに向かった。

少し時間が経って、魔法使いたちはガイルバルド山脈を越えることを禁止した。

そして、ナグルファルに行くことが推奨されるようになった。

道案内の仕事が始まったのもその時からだと聞いた」


バグナが言った。


「あー、それにしても、本当にいい匂いですね。

しかし、この美味しい匂いでヨツンや空腹の猛獣が来ないでほしいですね。

いやー、来てもここにいる皆さんなら問題ないと思いますけどね」


私は周りを見回しながら言った。


「こんな所にもヨツンがいるの?

急にどこからか出てこないよね?」


バグナは食べるのを止めて楽器を取り出しながら言った。


「私たちが行こうとしているナグルファルは、昔、ある人々に【暗闇の箱舟】と呼ばれていました」


バグナは静かに演奏を始めながら話した。


「その人々に伝わる歌があります」


そう言って、バグナは歌い始めた。


「闇の空、絡み落ちる

赤い輝きと銀の煌めく

地面で広がる

狡猾と鋭察(えいさつ)の戦いは互角


終わらない

炎と光の戦い

空と大地に鳴り渡れ

眠れない夜に闇に隠れ

終わらない戦(いくさ)に

戦音に包まれ不安な眠りに落ちる我


空を奪われ

光を遮れ、巨大な影に慣れ

闇に光あれ、望む祈りに沈黙

空に願う、届かない明日へ


深く眠れない夜が退く

輝く澄み青い空が見えてく

そこには力尽き倒れ消え行く

その死、我らの喜び、夜通し語られく

古びた森は暗闇を生み抱く箱船

光浴びた木と泉は疲弊な地の守護者になれ」


「うわー、なんか暗い話だけどいい歌だな」


バグナは帽子を脱いで挨拶し、座りながら話した。


「ありがとうございます。《闇夜を覆う火と光の戦い、夜明けを呼ぶ歌》でした」


ローレンは平焼きパンをちぎって食べながら言った。


「ふーん、確か、ナグルファルから出るヨツンはヘーニルでは見たこともないヨツンが現れたらしい。そして、ヨツンの種類もいろいろだったとビルメイズの本にも書いてた」


バグナはまた食べながら言った。


「【箱船】と呼ばれたのはおそらくそれが原因でしょうね」


グレンは刃の一部が黒くて、月のように曲がっている大きな包丁で肉を切った。


そして、シャーリンにもっと肉をあげながら言った。


「道案内にもいろんな話が伝わっているが、その歌は初めて聞いたな。

ふん、吟遊詩人という連中は本当にいろんな話を知っているね」


バグナが言った。


「彼らの物語はささやかなものです。

でも、そういった話も見逃さずに伝えるのが我々の務めです」


ヘルがパッと立ち上がり、剣を引き抜いて言った。


「何かがこちらに接近している。地下からだ」


私は慌てて立ち上がり、周囲の地面を見ながら言った。


「えっ?下?」


「ふん!この辺りには確か地底から出てくる出るヨツンもある。

下に気をつけろよ!

やつらは長い首と舌を使って、体を巻きつけて地面の中に引きずり込むらしいからな!」


ローレンは遠くを見つめながら立ち上がって言った。


「うっ、何それ、気持ち悪いな。それより何も見えないよ」


その時、シャーリンが何かの魔法を使って周りが明るくなった。


私は剣を構えながら言った。


「あ、シャーリン、ありがとう。なんか見える?ん?あれなの?」


<クグググッ>


ローレンは手を空に伸ばして回しながら、嬉しいそうに言った。


「あそこだね!よし、新しい魔法を見せてやる!」


<ドドドッ>


瞬く間に、地面に顔を出したヨツンは再び姿を消した。


「早いな!」


その時、矢のような光が私の頭上を通り過ぎてヨツンに向かって飛んだ。


<シュウウウウッ>


光が砂の障壁に阻まれて、裂けるとバチバチと音が空に響いた。


ローレンが悔しそうに叫んだ。


「え?!あれは何?私の魔法が効かないの!」


バグナが演奏しながら言った。


「地中に隠れて、なかなか姿を見せないですね。

可愛い顔をしているのに鋭くて、しかも早い!

皆さん、こちらは気にせず頑張ってください!

皆さんの戦いを、この目でしっかりと見ておきますよ」


<ゴゴゴッ>


ヘルが言った。


「右から来る」


<ズッパッツ>


「うわっ!」


地面から飛び出した舌を避けた私に向かって、長く曲がった角が突進してきた。

その先には、馬のような顔をして長いまつげをぱちぱちさせているヨツンが、黒くて大きな目で私を見つめていた。


私は角の攻撃を剣で受け止めながら言った。


「うっ、お、重い!

こ、怖いよ!あの顔、私を見てる」


ローレンが叫んだ。


「ちょっと待ってね!フレア!」


<シュンッ>


瞬間、青く光る何かがヨツンの頭に命中した。

ヘルの矢に撃たれたヨツンは、大きな音を出して地面に逃げ込んだ。


「うぇっ!くっさい!唾がすごく飛び散ったよ」


<ゴゴゴッ>


ヨツンが地中を移動すると、その振動が感じられた。


「そこか!」


私は呪文を唱えつつ、地面に剣を突き刺した。


<ドドドッ>


火が地面から吹き上がり、静かになったらヨツンはもう姿を見せなくなった。


「やったかな?」


ヘルが言った。


「逃げた」


私はヘルが持っている弓を見ながら言った。


「本当に魔法の弓だね。青い矢はすごかったよ!綺麗だったな」


ヘルは弓をしまいながら言った。


「違う。こんなものではない」


「え?」


「本当の力なら、あのヨツンくらい完全に形もなく消滅させられるはずだった」


ローレンが来てヘルの腕輪を触りながら言った。


「ふむ、そんなこともあるのか。本当の力を全部出すには何かが足りないのかな?

ヘル、何か特別な呪文を唱えないとダメとか?」


「分からない。そんな話は聞いたことがない」


「ふん、それにしても、私の新しい魔法があのヨツンには効かなかったよ。

もっと時間があれば出来たと思うけどな。多分、イメージが違ったんだよね。ふむ」


私は自分の剣を見ながら言った。


「私の剣も以前より強くなった気がするよ」


ローレンは何かを考えながら言った。


「それはそうでしょう。トニーおじいさんが手を加えたものだからね」


バグナが言った。


「皆さん、さすがですね。本当に素晴らしい戦いでした。

こんな戦いを見られるなんて私は嬉しいです。

あ、そうだ、これを歌にしてみましょう…」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ローレンが言った。


「どれだけ行けばいいの?早く帰りたいな」


「ふん!また、半分も来てない!」


「はぁ、暑なね。こんな時にヨツンが出たら嫌だな」


ローレンが言った。


「タースケロンの乳でも飲めば?」


「あぁ、確かにあれ美味しいし、結構冷たいよな」


シャーリンが言った。


「こんな新鮮なタースケロンの乳を飲めるなんて素敵ですよね」


私は壺からタースケロンの乳を汲みながら言った。


「あれ、あれも美味しいよ」


ローレンが言った。


「ウェッー、私はそれは嫌だな」


シャーリンが言った。


「あのチーズをパンと一緒に食べると美味しいですよ、ローレン」


ローレンが言った。


「ん、でも、私は苦手だな。シャーリンは本当に何でも美味しく食べられるね。

それにしても、これだけの材料を出発する前日に用意したんだね」


グレンが答えた。


「ふん!いつでも準備はできていたよ」


私はタースケロンの乳を飲みながら周りを見て言った。


「うわ、本当にこの辺は岩だらけだな」


バグナが言った。


「そうですね。昔の物語によれば、ビルメイズはこの岩の上をまるで飛ぶように早く歩いたと伝われています」


ローレンが言った。


「え?そうか、飛んでいけば早いか。

しかし、どんな魔法だ?聞いたことないな。

ふむ、背中に羽でも生える魔法かな」


バグナが言った。


「ふふ、ローレンが知らない魔法を教えたなら、それは栄光ですね」


ローレンは何かを本に書きながら言った。


「ビルメイズとビドルフの二人はいろいろ旅をしていて、どんな魔法を使ったのかあまり記録が残っていないんだ。

多くの魔法はボルバプとスバトフディの研究によって出来たと言われてる。

その魔法はスバトフディが編纂した《魔法の基本定石》に記録されて、今でも学校で教えられているんだよ。

特にその本にはボルバプが作り出した魔法がたくさん含まれているんだ。

彼はいろんな破片を使っていたらしいよ。

知られているビルメイズの代表的な魔法は、【土を自由に操って変形させる魔法】だったな。

ふん、ビドルフは【安息の声】が有名だよな」


グレンが言った。


「昔の魔法使いの話は私もよく聞いて知ってる。

特に、初期の魔法学校の校長だったヘンリーモアやマリは、

私みたいな凡人でも知っているほど有名なんだ。

しかし、最近の魔法使いにはそんなに有名な人物はいないな。

私が出会った魔法使いの中では、トニーが一番すごかったな。

彼の手に触れたものは何でも消えてしまったからね」


ローレンが言った。


「トニーおじいさんはすごいよね。

でも、私もいるし、それにノーブルもすごいよ。

そして、ココさんが作る魔法の服はとても綺麗で、いろんな魔法が込められているの。

確かに、昔の魔法使いと比べると外に見える凄さは少ないかもしれないけどね」


「へぇー、そういえば、おじいさんの時代から道案内をしてるの?」


「そうだ。祖父はいろんな話をしてくれた。いつも自慢してたね。

自分が案内した魔法使いや冒険者が見つけた珍しいものをな。

火の中で見つけたもので、祖父は《パルバウティ》と呼んでいた。

普段は黒い石のように見えるが、火がつくと明るく輝く金属だったらしい」


ローレンが言った。


「え?それって《パリル》じゃないの?」


「知らん!祖父は《パルバウティ》と呼んだ」


バグナが言った。


「ハハハ、よくある話ですよ、ローレン。

同じものでも人によって呼び方はさまざまです。

そして伝わり話もそれぞれ異なり、みんな自分の視点を交えて語りますからね」


ヘルが叫んだ。


「危ない!」


「え?槍?骨!?」


遠くから赤い目をした黒く小さなヨツンが槍を投げて攻撃してきた。


ローレンが言った。


「ん?悪いドワーフじゃないよね?」


「私が知ってるドワーフにあんなのはないよ」


私とシャーリンの光の剣が槍を弾き、ヘルが弓で反撃した。

遠くにいたヨツンは攻撃を受けて倒れ、消えた。


「すごいなー、よくもあんな遠くの敵を当てるね」


ローレンが言った。


「ふん!つまんないな。あんなに遠いと私の魔法では何もできないよ。

何か作らないとな。これでは以前と変わらないな」


「はぁ、本当にナグルファムに近つくほど、ヨツンがたくさん出てくるな」


バグナが言った。


「大きな苦しみを乗り越えれば、それだけ大きな報いがあるという話もありますね」


次の日も同じくヨツンと戦いながら進んでいた。


ヘルが言った。


「ずっと私たちに付いてくるものがいる」


「え?!どこ?」


ヘルは黙って高い岩の方を見つめた。


「あの上か?どうする?」


ローレンが聞いた。


「見えるの?」


「見えない。よく隠れてる」


私は上を見ながら言った。


「以前出たあのヨツンではないのかな」


ローレンが言った。


「大丈夫!今回は私が撃つよ。期待して!」

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ブリミール年代記 <深淵の影に飲み込まれた運命> @azurebako

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