下
「地下の住民が、こんなところで何を……」
「何って、そんなの僕だって……」
絞り出すように紡がれるはずだった言葉は、若者の腹の虫が鳴ったことで中断される。
顔を真っ赤にする若者に、私はすっかり警戒を解いた。
そして、どこか危なっかしい様子の地下の民に手を貸すことになるまで、そうはかからなかった。
「今戻った」
「獅子! おかえ……り……」
鹿の味は角の太さで決まる。太ければ太いほど、いい。
今回の狩りはなかなかのもので、琥珀の体躯と大差ないサイズの角を持つ鹿を持ち帰ったのだが、琥珀は引きつった顔をしただけで喜んではくれなかった。なに、琥珀も紅葉鍋を食べれば、すぐに鹿肉の魅力に気付くだろう。
家に入ると、視界の隅をひらりと赤いものが横切った。
ぎょっとして担いでいた鹿を落とし、部屋中を覆いつくす赤や黄色のヒラヒラしたものを凝視する。
「紅葉狩り、獅子もしたことなさそうだったから、再現してみたよ」
得意そうに笑う琥珀だが、あまりのことに私はうまく返事が出来ない。
「こ、れは……?」
「ホログラム。人工的に作り出した幻って言ったらわかりやすいかな」
幻、ということは危険はないのか。目の前でヒラヒラする黄色と赤の混ざった鮮烈な物に触れてみる。しかし、指がそれを通り抜け、触れることはできなかった。
「紅葉は木の名前で、秋になるとこんな風にきれいに色づく特性があるんだって。これを鑑賞することを紅葉狩りって言うんだ」
すごいでしょ、と琥珀は言う。
こんな毒々しいものを鑑賞するという紅葉狩りもすごいし、それを再現してしまえる琥珀もすごいので、黙ってうなずいておく。
「地下にはそもそも木が無かったから僕も知らなかったけど、地上には木があるのに、獅子は紅葉のこと知らなかったの?」
「木はあるが、こんな小さなヒラヒラしたものはついていない。私の身の丈より少し小さいくらいの葉が、年中緑や青や紫に色づいている」
「そっか。やっぱり今と昔とでは違うんだね」
昔、大きな災害が起こったらしい。
それまで地上で暮らしていた人間は、一部の富裕層のみ地下へ避難し、地上に残された人間の大半は絶えた。
過酷な状況になった地上で、それでもなんとか生き残り今まで生き延びてきた人間たちは、地下で繁栄した人間たちを恨み、逆に地下の人間たちは地上の人間を野蛮と罵る。完全に分断された両者だが、稀に地下から地上へやってくる人間がいた。
地下を追放された犯罪者か、好奇心に満ち溢れた変人か、もしくは琥珀のように親や周囲から見放された子どもや老人だ。
琥珀と出会うまで、地下は安全で文化の発展した豊かな地だと思っていた。
しかし実情は少し違うようだ。地上とはまた異なる危険が、地下にはあふれているのだろう。
琥珀だって、たまたま私と出会い、旧時代の産物である船を見つけて住居にしていなければ、今頃は野垂れて獣の餌だったのだ。
幻の紅葉狩りをしながら、紅葉鍋を食べる琥珀をしみじみと眺める。
「どうしたの? 紅葉鍋、おいしいよ?」
「ああ、そうだな」
丸く切り取られた外の世界は、闇に飲まれて何も見えない。
今日を生き延びたら、明日が来て、また明日もなんとか生き延びるために生き続ける。今までそうして生きてきた。これからも……。
外の闇とは対照的にあたたかな色合いの紅葉が、私と琥珀を包んでいる。
紅葉狩り 洞貝 渉 @horagai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます