中
外に出る。
獣の気配はしない。振り返るが、さきほど出てきたばかりの家は目視できなかった。
コウガクメイサイ、というらしい。そこにあるが、見えない。すごいことにはすごいが、カガクギジュツというのは、なんというか斜め上をゆくすごさだと思う。
どうしてこれを作った奴は透明になろうなんて考えたんだろう。私たち地上の民と違い、地下に潜った民たちは地上にあふれる獰猛な獣から隠れる必要などないだろうに。
私は獲物をさがす。できれば鹿。でなければ、猪か。猿もいるが、あれはダメだ。あまり身が多くない上、狡猾で、執着心が強い。下手に狩ると、後々粘着されて面倒だ。
鳥が頭上を悠々と飛んで行く。五色の美しい羽を惜しげもなく広げ、琥珀の住居にも劣らないサイズの怪鳥が暴風をまき散らす。
驚いた猿どもが喚き、私の身の丈の倍はある体で俊敏に木の上を走り抜けて行く。
見つからないよう身を低くかがめ、私は背にした弓と腰の剣にそっと触れて心を落ち着かせた。
琥珀と出会ったのは兎を追いかけていた時だ。
身は多くないが美味で、素晴らしい毛皮が取れる。ぜひとも狩りたいところだと深追いして、テリトリーとしていた場から出てしまい、拠点としていた場所へ戻れなくなってしまった。
兎は取り損ねるし、安全の確保が出来ない場所で迷うし、踏んだり蹴ったりだとピリピリとしていたところで人の悲鳴を聞いた。
この辺りに集落があるなんて聞いたことが無いし、声の感じからしてまだ狩りに出るには年若い。いぶかしく思いながらも、人がいるならうまくすれば保護してもらえる可能性があると、声のする方へ急ぐ。
声の主は、兎に襲われていた。
私が追っていた獲物だ。とっさに弓を引く。
私に気付かなかった兎は素直に急所を突かれ、あっけなく崩れ落ちた。
「大丈夫か?」
生きていてくれないと、集落の人間との交渉に使えない。
声をかけ急いで接近するが、はたと足が止まった。
見慣れない異様な物体が転がっている。全体的に金属でできているそれは、例えるなら車輪のついた、
「……椅子?」
「あ、すみません、起こしてもらえませんか?」
震える声に我に返った私は、その声の主を見てまた戸惑ってしまう。
悲鳴を聞いた時の印象通り、年若かった。日の光を知らぬように澄んだ肌、見るからに筋肉の付きが悪い貧弱そうな体、そのくせ栄養状態は悪く無いのだろうことをうかがわせる柔らかな髪。着ている服も生地が薄く、体の保護どころかすぐ破れてしまいそうな上、狩りをするにはあまりに動きにくそうだ。
なにより不気味なのが、周囲に全く人の気配がしない。
「あ、あの……」
「お前、一人なのか?」
警戒を解かずに、辺りをうかがいながら問いかける。
「一人ですけど」
「何者だ。ここで何をしている?」
若者はむっとした表情になった。
「あの、全部説明はするし助けてもらったみたいなんでお礼もしたいとは思うんですけれど、まずその前に起こしてもらえませんか?」
「……怪我をしているのか?」
「怪我はないですよ、おかげさまで。でも、生まれつき足が悪くて、自力で起きるのが大変なんですよ」
ほら、クルマイスがあるんだから、一目でわかるでしょう。
若者が車輪のついた金属の椅子を指さす。
足の悪い若者が、クルマイスという謎の椅子を持ち、たった一人でこんな危険地帯に無防備に横たわっている……。
ものを考えるのが得意ではない私でも、ここまでそろえばさすがにわかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます